東京から筑波、そして仙台へ1000km以上も走った思い出
ホンダNSXのことを書く機会があれば、ぜひ初代NSXのことから書きたいと思っていた。そう、1989年デビューのNA1型である。
初代NSXは、実は社用車として購入していたこともあり、若手社員にもハンドルを握る機会があったが、当時は「ずいぶんと運転しにくいクルマ」という印象が強かったのを記憶している。
その後、広報車のNSXに乗る機会が何度かあったのだが、その中でも一番印象に残っているのは、97年の初夏の「ホリデーオート誌」の取材である。企画内容は、NSXで筑波サーキットを走り、そのあとそのまま仙台まで移動、そこでゼロヨンに挑戦しタイム計測するというものだった。
当時の役割は、サーキットでタイムアタックを担当したわけではない。誌面掲載の撮影用にサーキットを走らせ、東京、筑波、仙台という長距離移動時の安全なクルマ運び屋さんというわけだ。他にも取材車は数台揃えられ、編集部内では快適なクルマの取り合いとなった。なにせ全走行距離は軽く1000km超えるのだから、その気持ちは良くわかる。しかし、私は真っ先に相棒として選んだのはNSXだった。
理由は、「長く付き合ってみたかった」からであり、運転できることが嬉しくて仕方がなかったのだ。
さてその後、初代NSXは、一度目の生産が終了、乗る機会もなくなったわけだが、私の中では、長くスーパーカーのベンチマークであり続けた。しかしそれも10年以上経過すれば、上書きされる。NSXは過去の「素敵な思い出」としてのみ記憶の片隅で生き続けていた。アメリカで2代目のコンセプトカーがお披露目されたときもそれほど気にかけなかった。
そんなときに2代目が正式に日本へも導入される、というニュースが。これにはかなり興奮したことを憶えている。そして乗る機会もあったがすでに心は冷めかけていたのか、初代との付き合いのような濃密さもなく、実にあっさりしたものだった。アメ車的な雰囲気が強かったからかもしれないし、もしかしたら「どうせまた別れる時が来るなら入れ込まない方がいい」と勝手に脳がセーブしていたのかもしれない。
そしてその時がついに訪れた。現行型NSXが、22年に生産が終了すると発表されたのだ。最終型は、世界限定台数350台、国内限定30台である。当然ながら現時点でそれらはすべて完売している。手に入れた人は実に幸運だ。
最終型のタイプSを見ることができるのは、これが最後だろうと事前撮影会取材にも行ったのだが、その後、一部ジャーナリストにのみ与えられた試乗機会は本誌にはなく「もう乗ることはない」とあきらめていたところ、そんなため息が聞こえたのか、ホンダ広報部から、試乗機会があるという連絡が届いた。もちろん、それにいち早く「諾」と返事をしたのは言うまでもない。
世界中の電動スーパーカーの先駆けだった2代目NSX
さて、別れを惜しみつつ、実際に試乗できたNSX タイプSの完成度は実に素晴らしいものだった。ホンダらしいこだわりも多く感じられる。走りはエンジンが主役だと感じられるものだが、時に脇役のモーターも主役級の役割を果たす。NSXに乗っているとエンジンとモーターが協調したまったく新しいパワートレーンなんだと感じるのである。
打てば響くとはこういうことを言うのだろう。ドライバーが必要なだけきっちりとパワーを引き出せるとこが実に魅力的である。クルマとドライバーの一体感もあり、その刺激の強さは、まさしく日本が誇るスーパーカーであると言っていい存在である。
スーパーカーは、魅せる/見せる要素が必要である。それは、スタイルであり、エンジンである。見られる(眺める)ことを想定してデザインされたエンジンルームはその素質が十分にある。これはオーナーばかりでなくクルマファンにはとても嬉しい。
最近のクルマのエンジンルームは、それこそ全面カバーで覆われ、味もそっけもない。まあ、それでも普通のクルマならそこまで必要性を感じないが、スーパーカーであれば、話は別。スーパーカーを構成する要素のスタイル、エンジン、エンジンサウンドはとても重要なのだが、NSXはこれらすべてが合格点である。エンジンサウンドも回転が上がると実に官能的なものだ。
ホンダがこれから本格的に電動化、そしてBEVを作るならNSXは、走る実験室として今後も必要なのではないのか、と感じるのだが、それは見当違いか。それともホンダが目指す電動化の方向は、NSXとはまったく別なのか・・・。それはそれで楽しみであり期待もしたいが、エモーショナルな電動化モデルとしてNSXは世界中の電動化スーパーカーの先駆け的な存在である。
たとえば、最近であれば電動化スーパーカーとして「フェラーリ296GTB」や「マセラティMC20」にも乗ったが、NSXがそれらに劣っているとは思わない。だからこそ、日本のスーパーカーがまた1台なくなってしまうことが残念でならないのだ。日本はスーパーカーが育たない市場なのだろうか。否、フェラーリもランボルギーニもポルシェもマクラーレンも日本市場を魅力的なものだとわかっている。だからこの市場を大切にしているのである。
繰り返すが、NSXの生産終了は残念だ。さまざまな事情があることは頭では理解できるが、それでも感情は残念のひと言だ。いつも近くにいるから「いてあたりまえ」のように感じられたNSXが、ある日突然いなくなってしまうのだからこれは寂しい。
ホンダには頑張ってもらいたい。そしてぜひともNSXの、再度の復活を期待したい。日本でスーパーカーを作れるのは、ホンダしかいないのだから。新しい時代のスーパーカー「NSX」の登場を日本の、いや世界中のクルマ好きは待ち望んでいる。(文:Motor Magazine編集部 千葉知充/写真:井上雅行)
ホンダ NSX タイプS主要諸元
●全長×全幅×全高:4535×1940×12150mm
●ホイールベース:2630mm
●車両重量:1790kg
●エンジン:V6DOHCツインターボ+モーター
●総排気量:3492cc
●最高出力:389kW(529ps)/6500-6850rpm
●最大トルク:600Nm/2300-6000rpm
●モーター最高出力:前27kW(37ps)/4000rpm<一基当たり>、後前35kW(48ps)/3000rpm
●モーター最大トルク:前73Nm/0-2000rpm<一基当たり>、後148Nm/500-2000rpm
●システム最高出力:449kW(610ps)
●システム最大トルク:667Nm
●トランスミッション:9速DCT
●駆動方式:4WD
●燃料・タンク容量:プレミアム・59L
●WLTCモード燃費:10.6km/L
●タイヤサイズ:前245/350R19、後305/30R20
●車両価格(税込):2863万3000円