インテリアの雰囲気もいい感じで、商品力は大幅に向上した
まずオッと思ったのは、そのエクステリアデザインだ。一昨年に発表された世界戦略車「Aスター」を彷彿とさせる丸みを帯び親しみを感じさせる一方で媚びたところのないデザインは、老若男女問わず誰からも愛されそうであり、それでいて退屈ではなくしっかり主張がある。
同様にインテリアの雰囲気もいい感じだ。インストルメンツパネルには円のモチーフが多用されていて事務的なところはなく、それでいてヘンに甘くもなっていない。計器類の視認性、操作性のリーチ等々もよく練られている。
Aピラーを寝かせたのは主に外観のためということだが、フロントウインドウが遠くなった分、広々と感じられるのも利点と言える。それでいて、高められたヒップポイントのおかげもあって前方視界に問題はない。そもそもミニバンに慣れた今のユーザーの多くは、三角窓の存在も含めて、こうした運転環境にそれほど違和感は抱かないはずである。
正直なところ先代アルトは、とくにエクステリアの面でちょっと寂しいクルマだった。平面パネルの組み合わせにチープな塗装で「ここまでガマンしなければいけないの?」なんて気分にさせられたのだ。しかし新型は、その印象を払拭した。営業車として使われる機会も少なくないと思うが、これなら寂しい気持ちになることはないような気がする。
内容も攻め込んでいる。アルトラパン、ワゴンRに続いて使われた新設計プラットフォームの採用で、ホイールベースは先代の40mm増しとなる2400mmに。ボディは高張力鋼板の使用部位を拡大し軽量化を実現している。全車NAのエンジンはVVT化され、一部グレードにはハイ/ロー2段切り替え式副変速機付きのCVTを組み合わせる。またATも全車4速化されているといった具合だ。
乗り心地は悪くないが「止まる」という点に関しては不安が残る
試乗したのはXの2WD。さすが最上級グレードともなれば快適装備は充実していて、ドアミラーはウインカー内蔵だし、ドアロックはリモコンで解除できる。センスの良い千鳥格子柄のシートと同じ生地がドアトリムにも貼られ、バニティミラーは照明付きに。カテキンエアフィルター付きエアコン、UVカットガラスも備わる。エンジン始動は何とスイッチ式だ。
スペースも十分。とくに後席は、前席を身長177cmの自分に合わせた状態でも、ソフト素材のシートバックに膝頭が軽く触れるくらいでちゃんと座れる。Xには後席ヘッドレストが標準装備なのも効いている。
しかし、ダイハツに対する劣勢ムードを一気に逆転に持ち込んだ新プラットフォームの採用ということで期待した走りは、それほど強い印象を残さなかった。乗り心地は悪くはない。サスペンションの動きは渋くないし、大入力に対して腰砕けになることもないのだが、どこか芯がない。切った通りそれなりに曲がるが、こちらもステアリングフィールが甘く、あてずっぽうに舵を当てている感じだ。広いところで強めにブレーキを踏んだら、予想以上に早くABSが作動したあたりを見ても、どうやら低転がり抵抗のタイヤに一因がありそうだ。
動力性能は数字から期待する通り。CVTが限られたパワーを引き出してくれてはいるが、絶対的なトルク、とくに低回転側の細さ故に、街中でもアクセル開度は大きくなりがちだ。これで実用燃費はどれぐらいだろうか? 改善されてはきているが、これは日本の軽自動車全体の問題と言えるだろう。
軽自動車の使用環境では、「走る」、「曲がる」の性能はこれぐらいでいいのかもしれない。しかし「止まる」に関しては不安が残る。何しろX以外のほとんどのグレードではABSはオプションなのだ。こういうクルマこそなくてはならない装備のはずなのに。
フロントのシートベルトにはプリテンショナーも可変フォースリミッターも付く。前席エアバッグも標準で装備されている。しかし、まずはぶつからないクルマにすることが先決なはず。価格というのも大事だろうが、安全性はもっと大事だ。真の意味で日本のベーシックカーを目指すならば、環境、価格と同じくらい安全も重視してほしいというのが今後のアルトへの一番の望みである。(文:島下泰久/写真:村西一海)
スズキ アルトX 2WD 主要諸元
●全長×全幅×全高:3395×1475×1535mm
●ホイールベース:2400mm
●車両重量:760kg
●エンジン:直3DOHC
●排気量:658cc
●最高出力:40kW(54ps)/6500rpm
●最大トルク:63Nm(6.4kgm)/3500rpm
●トランスミッション:CVT
●駆動方式:FF
●車両価格:102万9000円(2010年当時)