こだわりを具現化すると個性が出来上がってゆく
BMWの正統的で古典的な4ドアリムジンである5シリーズは、その数字が示すようにアッパーミドルクラスとして3シリーズ、そして7シリーズの中間に位置している。しかし、その誕生は数字の順番ではなく1975年の3シリーズや1977年に登場した7シリーズよりも古く、1972年のことである。
5シリーズの歴史は初代E12から始まり、1980年のE28、1987年のE34、1995年のE39、そして2003年から現在までE60へと5世代に渡って続いてきた。
また統計によればこの38年間に合計550万台がラインオフされたといい、まさに3シリーズに次ぐBMWの稼ぎ頭である。この5シリーズが7年ぶりにまったく新しい意匠をまとって登場した。
BMWの社内開発コードでF10と呼ばれる新しい5シリーズには、現行モデルの面影を一切断ち切った、まったく新しいデザインが与えられている。現行の3シリーズ、そして7シリーズに近いカタマリ感のあるエクステリアデザインは、これまでクリス・バングルが残した凹凸とエッジで構成された、やや前衛的なものとは一線を画している。
だからと言って丸型4灯式ヘッドライトに挟まれたキドニーグリルやCピラーの根元にあるホフマイスターキンク、さらにリアのL字型コンビネーションライトなどのアイコンは健在であり、BMWであることは視力が良ければおそらく1km離れていてもひと目でわかる。
チーフデザイナーのエイドリアン・フォン・ホーイドンクによれば、5シリーズの顧客はBMWユーザーの中でも、もっともクルマが好きで、もっとも走行距離が多く、もっともロイヤリティが高いという。こうした期待に応えるため、デザインにはこだわったという。
たとえば今度の5シリーズの基礎となったオリジナルスケッチは、彼のもとで働くエクステリアデザイナーのヤーチェック・フレーリッヒの手がけたものである。
このスケッチが採用されたのは、クーペのように後方に流れるルーフに見られるようなエステティックな要素はもちろんのこと、加えて筋肉を漲らせたようなダイナミズムがサーフェスには表現されていたからであるという。
しかしその後が大変だった。後方に低く落とし込まれたルーフは、当然Cピラーの傾きを強くする。するとBMWのアイコン、前述のホフマイスターキンクの曲率がきつくなる。すると何が起こるかと言えば「プレス工程がとても難しくなるのです」と5シリーズのプロジェクトリーダーであるヨーゼフ・ヴューストは回顧するように答えてくれた。
「まあ、最初はうちのデザイナーは余計なことをしてくれたものだ!」と思ったと、エクステリアを担当した前述のフレーリッヒを横目で見ながら本音をのぞかせる。「しかし彼らと話しているうちに、こうしたこだわりのひとつひとつがBMWの個性を作っていくのだと理解するようになりました」とリアのドアを開けてCピラーの仕上がりを見せながら語る。
また「何度かトライアルした後に、この複雑なさまざまのR(曲率)を繋げることによって一枚のサイドパネルのプレス工程で一度に仕上げることができるようになりました」と目を細める。
「それでは古典的なフォルム・フォロウズ・ファンクション(=デザインは機能に従う)という昔からの鉄則はもう存在しないのですか」とやや皮肉っぽく聞いてみると、前述したBMWグループ・チーフデザイナーで副社長でもあるエイドリアン・ホーイドンクが「フォルム・フォローズ・エモーション(デザインはエモーションに従う)」と、この場をまとめるように割り込んできた。
確かにBMWにはデザインだけでなく直6エンジン、ランフラットタイヤなど、こだわりが多い。それを具体化してゆく過程で個性が出来上がり、それをユーザーとコミュニケートすることでブランドエモーションが出来上がって行くのである。
BMWのDNAを持ったパーソナルスポーツセダン
さて、曇り空の下、リスボンエキスポ会場に並んだBMW5シリーズは全部で24台、すべてシルバーメタリック塗装だが、濃い方が535i、薄いほうは530dである。もちろんレポーターが選択したのはガソリン仕様の535iである。
ボディサイズをおさらいすると、全長4899mm、全幅1860mm、全高1464mm、そしてホイールベースは2968mm、つまり現行モデルE60型と比べると58mm長く、14mmワイドで、4mm低い、またホイールベースは80mmも延長されている。
一方、重量は装備類が同一でないので完全に緻密な比較はできないが、新旧530d(MT仕様)同士を単純に見るとその差は50kgである。
大きくなったボディと増加した装備にもかかわらずこの程度で済んだのは、高張力鋼板などのインテリジェントなスチールの使用とアルミの多用によるものである。とくにアルミはボンネット、フロントフェンダー部分、そして4枚のドアなどに採用されている。ちなみにこのドアだけでもスチール比で23kgの軽量化を実現している。
全体にゆったりして居心地の良いインテリアは、ダッシュボード中央部分が前の方に反りだしているというダイナミックで個性的レイアウトがBMWオーナーの満足感を高揚させるはずだ。
スタートボタンに触れると306psと400Nmを発生する3L、ツインパワーターボ搭載の直6エンジンが目覚める。まずは混雑したリスボン市内を抜け、撮影のためにカシュカイス海岸へ向かう。重くなったボディでもパワーは十分以上でスロットルに素早く反応し、8速オートマチックは気がつかないうちに各ギアをシフトアップしてゆく。
このクラスで初めてのEPS(電動アシスト式パワーステアリング)の初印象は悪くない。重さも操作性をごまかすような過度なチューニングをしておらず、適度に軽く路面の様子もきちんと伝わってくる。またペルジアンロードのようになゴツゴツした路面では中立位置にちょっと無感覚なところが残るが、ショックのいなし方はよくできている。まあ合格点を与えたい。
ただし、アクティブステアリングとの相性はあまり良くないようだ。Uターンなどの特殊な状況で素早く切り込んでいる時に、路面情報が抜け落ちるような感覚が一瞬発生するのである。これは瞬時の出来事だったが、ちょっと不快であった。
535iには、アダプティブ・ドライブや好みの走行モードを選べるドライビング・ダイナミック・コントロールがオプションで用意されている。走行モードは、コンフォート、ノーマル、スポーツ、そしてスポーツ・プラスから選択できるが、おそらく一般のドライバーはそう頻繁に4段階も分けては使わないだろう。レポーターはスポーツ・プラスとノーマルを主に使い分けて走った。
翌朝は3L直噴ターボディーゼルを搭載した530dに乗り換える。可変ジオメトリーのタービンブレードを装備しており最高出力は245ps、最大トルクは540Nmを発生するスポーツディーゼルである。もう使い古した表現だが、ガソリンとほとんど差のないスムーズな回転に加えて、圧倒的な高トルクによりスポーツカーのような挙動でカシュカイスの海岸道路を縫って行く。
その先にはエストリルサーキットでのスポーツ走行がプログラムに入っている。いかにもBMWらしいのはパドックに特別な車両を用意しているのではなく、自分たちがそこまで乗ってきた試乗車をそのまま使う。しかも5ラップ、最初のオリエンテーションランと最終のブレーキクーリングを除いても3ラップは全開で走れるわけである。
しかし残念なことに、到着した時はまだ早朝の雨から路面が完全に乾いておらず、スポーツ・プラス(DTCオフ)モードにすると後輪からズルズルと滑りだす。ただ、アクセルペダルの踏み加減に対する後輪の動きはお尻に見事にわかりやすく伝わってくるので、唐突に後輪が前輪を追い越すようなことはない。
仕方がないのでグリップ走行に終始するが、この場面ではEPSの操作性は前日の535iと比べて単純な仕様の方が良いということが確認された。切りこんだ際に感じる曲がり感、つまりゲインがずっと素直なのだ。このサイズになると、やはりEPSのチューニングは難しいと感じた。
新しい5シリーズはサイズから想像するとフォーマルなリムジンになったように思われるかもしれない。しかしそのスポーティな挙動はやはりBMWのDNAを持ったパーソナルスポーツセダンである。リアコンパートメントは思ったより広くは感じなかったが、我々日本人ならば十分快適であろう。オプション装備も十分で、とくにこのクラス初のパーキングアシスト(セミ自動パーキング)は重宝するに違いない。
この5シリーズのベーシック価格は523i(3L直6、204ps)が4万1900ユーロ(19%の付加価値税込:約545万円)、535iは5万0300ユーロ(同じく19%込:約654万円)にパドル付き8速オートマチック(2350ユーロ/31万円)やアダプティブ・ドライブ(3000ユーロ/39万円)などが装備された豪華仕様であれば軽く800万円台になると予想される。発売時期は、まだ正式には発表されていない。(文:木村好宏)
BMW 535i 主要諸元
●全長×全幅×全高:4899×1860×1464mm
●ホイールベース:2968mm
●車両重量:1685kg
●エンジン:直6DOHCターボ
●排気量:2979cc
●最高出力:225kW(306ps)/5800rpm
●最大トルク:400Nm/1200-5000rpm
●トランスミッション:8速AT
●駆動方式:FR
●最高速:250km/h (リミッター)
●0→100km/h加速:6.1秒
※EU準拠