レースのテクノロジーを市販車へフィードバック。さらにレースに参戦することによって人財育成を行っているスバル。レースからどのように人財を育成しているのか、24時間レースでその現場を垣間見てきた。(Motor Magazine2023年8月号より)

SDA(スバルドライビングアカデミー)の一環としてS耐に参戦

当初は市販量販車をベースとする車両で戦われていたレースのスーパー耐久シリーズ(以下「S耐」)は、時代の変化とともにさまざまな車両が参戦できるようレギュレーションが改訂され、現在では非常に多彩な車両が参戦して活況を呈している。

画像: ピット内には写真入りで各スタッフの担当や、そのスタッフのニックネーム、趣味などが書かれてたプロフィールが貼られていた。

ピット内には写真入りで各スタッフの担当や、そのスタッフのニックネーム、趣味などが書かれてたプロフィールが貼られていた。

さらに、開発車両が参戦できる新しいST-Qクラスも追加されたことで、2022年からスバルも参戦。車両開発だけでなく、人財育成のための有意義な場として積極的に活用しているという。今回、そのスバルのS耐に参加する理由を探るべく、富士24時間レースの現場で話を聞いた。

もともとスバルには、「走る、曲がる、止まる」の基本性能を磨くことで、状況を問わず安心して愉しく運転できる、という思想がある。

それを実現するため「SDA=スバルドライビングアカデミー」という独自の取り組みを行っている。これはドライバーの評価能力以上のクルマは作れないという考えから、運転スキルと評価能力を高める目的で、2015年に創設したもの。スバルには専門のテストドライバーは存在せず、鋭い感覚を持つエンジニアがその役目を兼ねて車両を開発している。S耐への参戦も、SDAの活動の一環となっている。

「トヨタさんから声をかけてもらい、カーボンニュートラルの選択肢を増やし、ユニークな水平対向エンジンの可能性にチャレンジしようと中村現社長からも背中を押されたこともあり、参戦を決めました」とSDAを立ち上げ、S耐でチーム監督を務める本井雅人氏は述べる。

1991年入社の本井監督は、スバルの研究開発拠点である群馬製作所とパワーユニット開発を担う東京事業所の双方の研究実験部門を経験し、2019年からはスバル研究実験センター長を務めている。

「私が入社した頃は車種も少なく、自分が担当する開発範囲がすごく広かったんです。それが30年ほど経って車種も増え、開発の効率化が進み、さらに人員も増えて縦割りのところが増えました。気がつくと自分の手がけている範囲のこと以外は何をやっているのかわからなくなっていました。もっと全体、クルマ1台を作れるエンジニアを育てる必要性を感じていたところ、まさに技術本部や開発部門全体もそういう人財を求めているということがわかりました」と本井監督はいう。

もちろん、実際のレースの現場では、自分の持ち場でないところも積極的に携わることが求められるのはいうまでもない。

誰でも何でも提案できる。それがモチベーションの向上へ

「2017年に社名を変更したときに、モノをつくる会社から笑顔をつくる会社へと、世界中のお客さまの笑顔を増やしたいと考えたわけですが、まずドライバーの笑顔を作るにはどうしたらいいのか。目的は明確です。誰でも何でも提案してよくて、たとえ上手くいかなくても、次に巻き返せばよいと考えています。それがモチベーションの向上につながります」と本井監督は語った。

画像: 「失敗してもいい、次に巻き返せばいい、というのが人財育成にもつながっています」と、本井雅人監督。

「失敗してもいい、次に巻き返せばいい、というのが人財育成にもつながっています」と、本井雅人監督。

今回の24時間レースでは4名のプロに加えてSDAのメンバー2名がドライバーを務めた。エンジニアのうち8人が初参加。少しでも多くの人にレースの現場を体験して欲しい思いもあり、メンバーを固定化せず、どんどん新しい人を入れながら、オブザーバー的に前年のメンバーも来ているので人数が増えている状況だという。

「昨年を振り返るとレースを知らないとかレーシングカーを見るのは初めてという人も少なくありませんでした。ところがレースウイークの水曜あたりにサーキットに入って、最初は右も左もわからなかったのに、時間の経過とともに目つきや顔つきまで変わってくるスタッフを何人も見てきました。また、監督の視点で気づいたのは、若いメンバーの中には非常に優秀な人財が隠れていることです。本来自分の担当ではない分野でも知識があり、アウトプットできる人財がいるのです。彼らにもっと会社で活躍してもらうには、どうすべきかというのも課題だと感じています」(本井監督)

車両について、22年はプロドライバーが速く走れるようにしたところ乗りづらいクルマになり、逆に社員のジェントルマンドライバーがタイムを出せず、トータルで大きくタイムを落としてしまうことが多かった。

23年は方針を変えて誰でも乗りやすいクルマづくりを心がけたところ、ジェントルマンがプロに近づくことができた。絶対的な速さではライバルに及ばないものの燃費で勝てるので、24時間をノントラブルでいければ勝機はあると考えているという。

むろん24時間耐久レースとなると通常とは違う大変さもある。22年の24時間レースで一番大変だったというトランスミッションの問題を克服するためにどうしたらよいのかをチーム全体で議論し、MT自体への対策とともに、エンジンにも変速時に同期させる制御を新たに取り入れた。これによりMTの寿命が大幅に延びることが期待できる。

「ドライバーが疲れてくると運転もラフになってしまうのをいかにカバーするかというところをエンジニアが頑張ってくれています。100点じゃなくてもいいから、役に立ちそうなことはやってみよう、というスタンスで進めているので、いろいろ案を出してトライしてくれればと思っています(」本井監督)

参戦当初から携わっている車両運動開発部のデータエンジニア、津久井滉生氏は、最初は完走させるのが精一杯だったと振り返る。

「最初は本当に手探り状態で、市販車とレース車ではスピード感がぜんぜん違い、考え方が通用しない面が多々ありました。そこからまずはドライバーに信頼して乗ってもらえるクルマ作りを目指しました。さらに23年は速さを出しつつ、乗りやすいクルマに仕上げることと、我々エンジニアの目標もステップアップしてきています。そして、まだ不十分なところを克服するのが今後の目標です」

スバルチームのAドライバーを務める廣田光一選手は「これまでやってきたことの積み重ねのおかげでトラブルもなく、乗りやすくて気持ちよく安定して走ることができました」。

伊藤和広選手は「まだ改善の余地もありますが、プロと一定のタイム差でコンスタントに走れ、自分のスティントを無事に走ることができました」と語った。両選手の声は、まさしくスバルが目指す走りの方向性と一致している。

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