この連載では、昭和30年~55年(1955年〜1980年)までに発売され、名車と呼ばれるクルマたちを詳細に紹介しよう。その第8回目は、戦後のそれまでオースチン車のノックダウン生産を続けていた日産自動車が、昭和35年に「ニッサン」ブランドを世に問うた「セドリック」だ。(現在販売中のMOOK「昭和の名車・完全版Volume.1」より)

ノックダウンから卒業した「ニッサン」ブランドの乗用車

画像: 写真は昭和35年11月に追加された「カスタム」で全長とホイールベースが100mm伸び、88ps/15.6kgmを発生する1.9Lエンジンを搭載。

写真は昭和35年11月に追加された「カスタム」で全長とホイールベースが100mm伸び、88ps/15.6kgmを発生する1.9Lエンジンを搭載。

日産は戦後大きく遅れた乗用車生産技術を習得するため昭和27(1952)年からオースチンA40/A50のノックダウン生産を開始した。昭和35(1960)年3月に英BMC社との契約が終了するため、独自の1.5Lクラス乗用車の開発が急務となった。そんな中、昭和35(1960)年4月にセドリックとして発売された新型乗用車は、Aピラーを前傾させたパノラミックウインドウやメッキパーツの多用など、アメリカ車の影響を強く受けたスタイリングで登場してインパクトを与えた。

さらにワイド感を強調する縦目丸4灯という独自の個性をプラス。前後ベンチシートの室内も3人並んで座れる幅を持っており、前:ダブルウイッシュボーン/コイル、後:3枚リーフ/リジッドサスペンションはそれぞれ280mm/180mmのストロークを確保してソフトな乗り心地を実現していた。

画像: 昭和35(1960)年4月の発売時には、1.5LのG型直4OHVから71psを発生。同年11月には88psを発生する1.9LのH型エンジンもバリエーションに加わり、より動力性能に余裕を持たせた。

昭和35(1960)年4月の発売時には、1.5LのG型直4OHVから71psを発生。同年11月には88psを発生する1.9LのH型エンジンもバリエーションに加わり、より動力性能に余裕を持たせた。

機構面では、ユニットコンストラクション(モノコックボディ)で、車重を1195kg(デラックス)に収めたのが画期的だ。その構造はサイドシルを主要強度部材とするA50の発展型だが、国産1.5Lクラスでは初採用であり、ボディ剛性もA50より曲げで1.14倍、捻りは1.31倍になったと公称している。

エンジンは当初は1488ccの直4OHVで、圧縮比8.0と2バレルキャブにより5000rpmで71psを発生した。トランスミッションは唯一A50から引き継いだ4速MTで、2速以上に付くワーナー製のボークリング(シンクロナイザーリング)により、確実で気持ち良いシフトを実現。動力性能は16.8kg/psの馬力荷重を活かし、0→80km/h加速は13.7秒を計測(モーターマガジン誌による車載メーターとストップウオッチによる計測。雨天の4名乗車)している。

画像: 「カスタム」の室内のカットモデル。100mm延長されたロングホイールベースにより居住性は大幅に向上し、高級車としての地位を確たるものとした。助手席バニティミラー、リアピローシート、後席用ヒーターなどを備える。

「カスタム」の室内のカットモデル。100mm延長されたロングホイールベースにより居住性は大幅に向上し、高級車としての地位を確たるものとした。助手席バニティミラー、リアピローシート、後席用ヒーターなどを備える。

操舵系はギア比17.3のウオーム&ローラーと直径430mmのコーン型ステアリングを採用した。ロックtoロック3.5回転と操作は忙しかったものの非常に素直な特性だった。ブレーキは、セルフサーボ機能を持ち軽い踏力で強力な効きが得られる、前:ユニサーボ、後:デュオサーボのドラム式が採用されている。

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