1980年代にポルシェが世間を震撼させたマシン・924GTRは、FRの可能性をポルシェ自身が認めた結果として生み出されたものでした。本気で作られたレーシングマシンは今見ても色褪せません。VW製2.0リッター・4気筒エンジンは、どのようにチューニングされたのでしょうか?

文: 石橋 寛/写真: RM Sotherbys
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VW製4気筒エンジンをフロントに搭載した、ポルシェ製FR

本気を出すとえらいことになる。世の中、さまざまなシーンで思い知らされることですが、1980年代のル・マンやアメリカのIMSAではポルシェの本気に誰もが震撼させられたはず。なにしろ、フォルクスワーゲン製4気筒エンジンを使いながら、935のパーツで武装。プロドライバー達でさえ「とにかく神経をつかう」と言わしめた924GTRとは、どんなモンスターマシンだったのでしょうか。

画像: 1981年、前年の924GTPから進化して、GTクラスへエントリーした924GTR。ワークスマシンと合わせて18台のみの製造。

1981年、前年の924GTPから進化して、GTクラスへエントリーした924GTR。ワークスマシンと合わせて18台のみの製造。

ポルシェ924、もともとはフォルクスワーゲンとアウディ、そしてポルシェの3社が共同で「お互いのパーツを流用した、買いやすい価格の新しいスポーツカーを作ろう」と開発がスタートしたクルマ。ポルシェの代名詞だった911とは180度異なる、「フロントに水冷エンジンを積む」というまったく新しいコンセプトのもとに開発されました。また、ギヤボックスをリアに配置するトランスアクスルも採用され、前後の重量バランスが「50:50」という理想的な比率とし、優れた操縦性は多くのフォロアーを生んだことでも有名です。

ところが、1976年にデビューしたものの、売れ行きはさっぱり。安くて、よく走るクルマだろうと「VWディーラーで売ってるポルシェなんて欲しくない」などと、914と同じような理由で不人気をかこってしまったのです。そこで、北米のポルシェがテコ入れとして924のレーシングカーを本社に提案。バイザッハはちょうどグループ5マシンの935が好成績をあげ、完成の域に達していたものですから余力があったのでしょう。いっちょ、4気筒レーサーを作ってみっか、と運んだのだとされています。

「あれ? もしかしてポテンシャルあるんじゃね?」から本腰を入れる

1978年に924ターボが発売されると、バイザッハのエンジニアはすぐさまチューンナップを施し、ラリーイベントにお試し参戦しています。サファリやモンテカルロで完走、それなりの手ごたえを得たはず。ちなみに、この仕掛人はユルゲン・バルトとローランド・クスマウルで、ポルシェのレーシングシーンには欠かせない影の立役者です。

次いで、ラリーチューンから車高を落とし、1980年のル・マンGTPクラスにエントリーする924GTPが作られました。ただし、この時は320馬力ほどのチューンで、タイムも目を見張るほどのものではありません。むしろローパワーが燃費の良さを発揮、ピット回数が少なかったために総合6位(クラス3位)という好成績を収めています。

画像: 後に944のスタイリングベースとなったブリスターフェンダー、フロントスポイラーの造形。

後に944のスタイリングベースとなったブリスターフェンダー、フロントスポイラーの造形。

このル・マンでポルシェはFRマシンのポテンシャルを実感したに違いありません。ようやく本気を出して924ターボのチューニングを開始、1980年にはプロトタイプ(GTP)だったものを、1981年にはGTホモロゲーションを取得(924カレラGT)。ついにガチンコ勝負(IMSA-GTOクラス)ができる924GTRを完成させたのでした。この際、カスタマーチーム向けに17台が販売されていますが、こちらはワークスマシンよりもいくらかパワーを下げていたとのこと。耐久性を担保することで、完走+上位入賞をオファーしたということでしょう。

市販タイヤ装着でもアピールし、売り上げ倍増に貢献

さて、924GTRは前年のGTPに対し、タービンの大型化(KKK K27)、メカニカルポンプ(クーゲルフィッシャー)といったカスタムに加え、935用ミッション&ブレーキを装備することでまったく別のマシンに仕上がったといっても過言ではありません。予選時のフルブーストでは2.0リッターの直4エンジンから375馬力を絞り出し、GTPに比べて55馬力のエクストラパワーを得ています。

画像: VWのブロックを使いつつ、KKKタービン、機械式インジェクターを装備して2.0リッターから375馬力を発揮した4気筒SOHCエンジン(M31/70)

VWのブロックを使いつつ、KKKタービン、機械式インジェクターを装備して2.0リッターから375馬力を発揮した4気筒SOHCエンジン(M31/70)

ちなみに、935用ミッションといっても、ケースは924のトランスアクスルに合致するサイズに収め、内部ギヤをType 937/50、またはG31レーシングと呼ばれる厚手の強化部品に交換したもの。それゆえ、700馬力だろうと800馬力だろうと問題なく24時間を走りきれるとされていました。

画像: ル・マンでは実質ワンクラス上のIMSA-GTOにエントリーしながら、ワークスチームは総合11位、クラス優勝を遂げています。

ル・マンでは実質ワンクラス上のIMSA-GTOにエントリーしながら、ワークスチームは総合11位、クラス優勝を遂げています。

画像: ブーストメーターと、過給圧調節ダイヤル。レース中は1.1バールほどが標準で、最大1.5バールまで使えたとのこと。

ブーストメーターと、過給圧調節ダイヤル。レース中は1.1バールほどが標準で、最大1.5バールまで使えたとのこと。

そうして、1981年のル・マンでは総合11位、IMSA-GTOクラス優勝というワークスチームらしい成績をあげています。この際、アメリカ向けの宣伝を兼ねて、グッドイヤーのスリックタイヤでなく、市販タイヤを装着していたことも大きな話題となりました。一方で、ポルシェはGTPクラスにも再び924GTP(エントリー名:944LM)をエントリーさせて、ワルター・ロールらワークスドライバーを起用、総合7位をちゃっかりゲットしています。

IMSA-GTOクラスということからもわかる通り、ル・マン以後はアメリカのレースシーンに軸足を移し、これまた快進撃を続けた924GTR。ただし、本家ファクトリーサポートではなく、北米ディーラーによるエントリーということと、上位クラスではなかったため総合優勝はついに得ることはありませんでした。とはいえ、以降の売り上げは倍増し、924はもちろん、後継モデルの944までスマッシュヒットとなったことはご承知の通り。GTPやGTRのおかげで、4気筒モデルは(914に比べても)ポルシェにとってかなりの収益をもたらしたとされています。

画像: 1984年のデイトナ24時間レースに参戦した74号車。残念ながら結果はリタイア。

1984年のデイトナ24時間レースに参戦した74号車。残念ながら結果はリタイア。

画像: 1983年のポートランド3時間レースでプライベーターの935を率いる74号車。総合7位に入賞。

1983年のポートランド3時間レースでプライベーターの935を率いる74号車。総合7位に入賞。

そんな924GTRですが、結局1981年に作られた17台のみであり、いずれもレースにエントリーしていたためか現存するクルマは数えるほど。オークションには滅多に出品されないのですが、ついにカスタマーモデルが登場し、17万5000ポンド(約3600万円)で落札。ポルシェのレーシングモデルながら、かなりお買い得なプライスといえるのではないでしょうか。レースヒストリー、プリペアファクトリーともに明確となっていることもヒストリックファンにとっては嬉しい限り。ちなみに、ワークスマシンが欲しいとなると、1980年の924GTPが7000万円ほどと、ほぼ倍の値段で落札されています。ともかく、924GTRはどんなクルマでも本気でレーシングカーに仕上げたら、半端なくカッコいいという好例に違いありません。

画像: ホイールはGottiの3ピース。当時、オーダーメイドを数多く引き受けていて、IMSAではトレンドになっていた模様。

ホイールはGottiの3ピース。当時、オーダーメイドを数多く引き受けていて、IMSAではトレンドになっていた模様。

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