昭和を駆け抜けた和製スポーツモデルたち。その勇姿を、モーターマガジン社の70年以上にわたる取材記録や当時の写真を基に紹介しよう。今回は、1969年に3代目スカイラインに追加設定された、初代の2000GT-Rだ。

文: Webモーターマガジン編集部
▶▶▶写真はこちら|日産「スカイライン2000GT-R(初代)」(画像6枚)

日産 スカイライン2000GT-R<PGC10型/1969年(昭和44年)>

平成元(1989)年に登場したR32系の8代目スカイラインで、ついに「GT-R」の車名が復活した。ケンメリのC110型 4代目スカイラインGT-Rが生産を終了したのが昭和48(1973)年であったから、実に16年ぶりの復活であった。

画像: GT-Rエンブレムはテールランプ横とフロントグリル内に配置。マフラーからはGT-Rサウンドが響きわたった。

GT-Rエンブレムはテールランプ横とフロントグリル内に配置。マフラーからはGT-Rサウンドが響きわたった。

初代GT-Rの誕生は、昭和44(1969)年2月。前年の43年7月に登場したC10型 3代目スカイラインに7カ月ほど遅れて追加設定されている。「愛のスカイライン」の愛称で呼ばれる3代目スカイラインには2000GTが設定されていたが、エンジンはシングルキャブのL20型、105ps。3連キャブを搭載していた前モデルのGT-Bの後継車となるだろうと期待していたファンには大きな不満であった。

しかし、遅れて発表された2000GT-Rはファンの期待をはるかに上回る強力マシンだった。エンジンは直列6気筒、DOHC24バルブ、1989cc、最高出力160psというS20型を搭載。これは日本GPをはじめ国内レースで目覚ましい活躍を見せたレーシングプロト、R380のGR8型エンジンのデチューン版と言われた。

足まわりはフロントがストラット、リアはセミトレーリングアームの四輪独立懸架で、ブレーキはフロントにディスクを採用。ギアボックスはポルシェタイプの5速となった。内装は簡素なもので、ラジオもヒーターも装着されていなかった。

一見おとなしい4ドアセダンのボディに、レーシングプロトゆずりのパワフルなエンジンを載せたGT-Rは、まさに「羊の皮をかぶった狼」であった。最高速200km/h、0→400m加速16.1秒。そのパフォーマンスはセダンながらスポーツカー並みとも言えた。

This article is a sponsored article by
''.