歴代シビック タイプRの開発者に「いまだから語れる(いまこそ語ろう)開発の舞台裏」と題して、独占インタビューを敢行。計6回の短期集中連載をお届けすることとなった(毎週金曜公開)。まずは2017年9月29日に発売されたシビック タイプR(FK8型)の開発責任者を務めた柿沼秀樹氏に、その開発の舞台裏をうかがった。
画像: 【連載・第1回】ホンダ シビック タイプR(FK8) いまこそ語ろう開発の舞台裏 開発責任者 柿沼秀樹氏独占インタビュー

PROFILE
柿沼秀樹 Hideki Kakinuma
株式会社 本田技術研究所 四輪R&Dセンター シビック タイプR 開発責任者

1991 年、(株)本田技術研究所入社。サスペンション性能の研究開発部門に配属後、運動性能に関わる車両ディメンションやサスペンションジオメトリーなどの研究開発を手がける。1999年にはS2000、2001年にはシビック タイプR 、NSXなど、スポーツモデルを中心にサスペンション性能開発を担当。2012年から実車性能開発部門のリーダーを務め、その経験から磨き上げた技術・感性を活かし、今回シビック タイプRの開発責任者を務める。愛車は最近納車になったシビック タイプR。 

画像: PROFILE 柿沼秀樹 Hideki Kakinuma 株式会社 本田技術研究所 四輪R&Dセンター シビック タイプR 開発責任者

シャシ開発の経験が今に活かされている!

「クルマ全体の開発をとりまとめるのは今回が初めてでしたが、これまで人一倍ハンドルを握って開発をしてきましたし、EP3型シビック タイプRでは操縦安定性の開発もやっていました。また、入社以来タイプRを心から愛している熱い首脳陣とともにスポーツカーを開発していたから、今回のタイプRの開発責任者をやれと言われたときは『やっぱり!』と思いました」
と、新型シビック タイプRの開発責任者に指名された柿沼秀樹さんは、3年前を振り返りながら、こう続ける。

「S2000は上原さんのもとで、フルに開発に携わりました。先行開発ではデルソルをロングノーズにし、これに縦置きの2Lエンジンを積み、後輪駆動にした先行車を造ってテストしました。最初はピーキーで、扱いにくかったですね。大変でしたが、楽しかった。いろいろなことを学べましたし、運転の練習にもなったクルマです。

その後、2代目のシビック タイプRやNSX タイプRなどのスポーツモデルのサスペンションを手掛け、次第に車両運動性能全般を見るようになりました。ここ数年は、実車開発部門で量産機種開発のマネージメントが中心ですね。若い開発メンバー達の取りまとめ役をやっていたのですが、3年前(2015年)にシビック タイプRの開発に呼ばれたんです。

タイプRって特殊なクルマなので、誰でもやれるものじゃないんですよ。そのころ、タイプRの開発は途上で混沌としていました。そこでスポーツ系モデルのシャシ性能開発をたくさん経験し、タイプRの歴史を知っている私にお呼びがかかったのでしょう」

画像: シャシ開発の経験が今に活かされている!

数あるホンダ車のなかで、もっともスポーツ性能が高く、サーキットに似合うクルマが「タイプR」だ。この称号を与えられた究極のホンダスポーツは、NSXとインテグラにも設定されていた。だが、今、多くの人が、タイプRと言って思い浮かべるのはシビックだろう。20年もの間、フラッグシップ的な役割を果たし、そのいずれもが強烈な印象を残している。

「シビック タイプRとしては第5世代となるFK2を名乗った先代は、FF最速を目指して、初めてターボで武装したタイプRでした。ニュルブルクリンク北コースでFF車最速に挑み、鮮やかにコースレコードを塗りかえたモデルでしたから、その次のモデルということで期待が大きいのはわかっていました。なので開発責任者に指名されてプレッシャーがなかったかと言えばウソになりますね」

FK2タイプRが日本で驚きを持って迎えられているころ、海の向こうでは10代目のシビックがベールを脱いだ。15年11月、先陣を切って4ドアセダンが北米で発売された。16年春には2ドアクーペも登場する。そして9月には真打ちの5ドアハッチバックが登場し、北米から販売を開始した。

そして日本では2017年7月、ホンダは3タイプのシビックを9月29日に発売する、とアナウンスしている。タイプRが他のモデルと同じ時期に発売されるのは初めてのことだ。

ベース車の限界を感じて、新たなプラットフォームを開発

画像1: ベース車の限界を感じて、新たなプラットフォームを開発

柿沼さんはサスペンション、シャシ開発のスペシャリストだ。1991年に入社して最初に配属されたのはサスペンション研究の部署である。NSXを生み出した上原繁さんも同じ部署の出身だ。これに続き個性派の2代目ホンダZやロゴの車両ディメンジョンやサスジオメトリーなどの研究に携わっている。

「ベースとなる現行型シビックのプラットフォームを開発しているときも同じ機能側にいたので、いろいろなことを開発陣にアドバイスしてきました。最終的にポテンシャルはかなり高くなったと思います。基本的なジオメトリーは決まったので、ベース車に足りないものを加えるレシピを頭の中に描き、タイプRの開発を進めていきました。だから、ある面でやりやすかったです」

先代のFK2の前まで、タイプRは造りながら目標を描いていく手法だった。が、八木久征さんがLPLを務め、送り出したFK2タイプRは、ガラパゴス化に背を向け、チャレンジャーの多い世界のタイプRへと踏み出している。開発陣が目指したのは、歴代のタイプRとは次元の違う走りだ。

画像: 新型(FK8)シビック タイプRは走りの世界基準を目指してプラットフォームを一新。各ディメンションやジオメトリー(サスの取り付け位置や角度)を最適化しているという。

新型(FK8)シビック タイプRは走りの世界基準を目指してプラットフォームを一新。各ディメンションやジオメトリー(サスの取り付け位置や角度)を最適化しているという。

「私もFK2と呼ばれる先代のタイプRには機能側で開発に関わっていました。世界に踏み出そうと頑張りましたが、その厳しさを知らされたクルマですね。サスペンションはデュアルアクシスストラットとトーションビームの組み合わせですが、走らせてみると、このベースプラットフォームじゃ限界があるな、と思いました。リアのトーションビームでハンドリングを良くしたいと思うと、まずサス剛性を上げるためにコンプラブッシュを固める必要があります。さらにロール剛性も上げたいのですが、スタビライザーの効率が悪いので十分な剛性が稼げない。仕方なくバネやダンパーを固めるので、ニュルブルクリンクで走らせると跳ねまくってしまう。

これまでのタイプRは、そういったハンドリングや速さの削りだしと、ロードホールディング性や乗り心地、という限界点をかみしめながら開発していたんですね。そこで10代目のシビックは最初からダイナミックを磨き、ヨーロッパで通用する、ヨーロッパで勝てるクルマを作ろうと思いました。ベース車でここをきちんと磨いたので、はるかに高い次元からスタートすることができたのです。これは大きな一歩でしたね」
と、タイプRの開発が始まったときのことを思い起こす。

画像2: ベース車の限界を感じて、新たなプラットフォームを開発
画像3: ベース車の限界を感じて、新たなプラットフォームを開発

ベース車と同時に開発できたことで、
基本性能が大幅にレベルアップ!
理想のFFスポーツができました。

「ボディはベース車と基本的には同じですが、タイプRは先代と同様に構造用接着剤を使い、動的な剛性と質感をさらにアップしています。あとフロントサスペンションを専用設計のデュアルアクシスストラットとし、トレッドもベース車より広げています。

リアはベース車と同じマルチリンク式を採用しています。ただし、20インチのタイヤを使い切る為に、アーム類やブッシュ類はタイプR専用品にしています。これにザックス製の電子制御アダプティブダンバーシステムを組み合わせています。構造をアップデートすることによって減衰力の可変幅を広げ、+R、スポーツ、コンフォートと3つのドライブモードを選べるようにしました。タイヤは専用開発したコンチネンタル製のスポーツコンタクト6です」

ステアリングを握ってみると、ハンドリングが気持ちいいだけでなく、245/30ZR20サイズのタイヤを履いているとは思えないほど乗り心地が良い。これは本当に驚きだ。

ニュルブルクリンク最速はもちろん、世界で通用するクルマに

「今までのタイプRのままではヨーロッパでは通用しないと思いました。特に転換期となったのは、2007年モデルのFD2を経てですね。これ以上やりすぎるとナンバー付きのクルマにはならない。日本では通用するけど、世界に通用するクルマにはならない。そこでシャシ側のポテンシャルを高めるとともに、電子制御可変ダンパーを使わなければダメだな、と思いました。

ニュルブルクリンクで速いのは当たり前です。ハンドリングが良く、乗り心地も良い、両方を今までにない次元でバランスさせた異次元のタイプRを造ろうと思いました。どんな環境でも操る喜びを満喫できるクルマを目指しました。生粋のサス屋上がりのエゴです(笑)」
と、その狙いを述べている。

画像1: ニュルブルクリンク最速はもちろん、世界で通用するクルマに
画像: 減衰力の可変幅を拡大したアダプティブ・ダンパー・システムを採用。従来の「スポーツ」「+R」に加え、「コンフォート」も設定。

減衰力の可変幅を拡大したアダプティブ・ダンパー・システムを採用。従来の「スポーツ」「+R」に加え、「コンフォート」も設定。

だが、ニュルブルクリンクのオールドコースを使ってのタイムアタックは思うようにいかなかった。ニュルブルクリンクの手荒い洗礼を受けたのである。

「最初のトライではエンジンがブローしてあっけなくチャレンジが終わりました。2回目はエンジンや補機の適合が合っていなかったようで加速が全然伸びず、記録更新はならなかったんです」

そして16年最後のチャンスだった秋のタイムアタックでは途中から雨が降り出してアタック終了。翌月の予備日は、なんと雪の洗礼を受けてコースクローズド。走行すらできなかった。先代を7秒近く引き離す7分43秒80のFF車最速タイムを叩き出したのは、年が明けた17年4月3日のことである。

パワーユニットは、先代と同じ1995㏄のK20C型直列4気筒DOHC4バルブで、これにシングルスクロールターボを組み合わせた。可変バルブタイミング&リフト機構のVTECを採用している。改良点は、エキゾースト系の取り回しやエンジン内部の軽量化だ。また、レブマッチシステムを導入した。

最高出力は320㎰/6500rpmである。最大トルクは400Nm(40.8㎏m)/2500〜4500rpmと、先代と変わっていない。トランスミッションはファイナルレシオをローギアード化した6速MTだ。

画像: 先代と同じK20C型2ℓ直4DOHC直噴ターボエンジンながら、センターエキゾーストパイプ採用による排気効率の向上や、細やかなエンジン制御の最適化により、先代比10㎰アップの320㎰を発生。レスポンスにもこだわっている。

先代と同じK20C型2ℓ直4DOHC直噴ターボエンジンながら、センターエキゾーストパイプ採用による排気効率の向上や、細やかなエンジン制御の最適化により、先代比10㎰アップの320㎰を発生。レスポンスにもこだわっている。

「ニュル攻略は腰を据えて取り組みました。タイヤのグリップを上げたかったのでタイヤを20インチにし、それに合わせてロール剛性を高め、荷重移動を増やしてタイヤを使い切りました。それでも落ち着いた乗り心地にできたのは、4輪独立懸架化とアーム&ブッシュレイアウトの変更により、前後左右の入力分担を適正化しました。その結果、コンプライアンスブッシュでうまく受け止められるようになり、乗り心地も良くなりました。電子制御アダプティブダンパーシステムの進化もポテンシャルアップに大きかったですね。先代に対して三重管構造化や制御ロジックのアップデートにより、減衰力のコントロール自由度が増しました。

エンジンは、センタータンクレイアウトではなくなったので、排気系のストレート化で排気効率が上がり10psアップしています。数値上は10psですが、トランスミッションローレシオ化の効果で、体感では10ps以上の進化に感じるはずです。

ターボの弱点であるレスポンスにもメスを入れました。ターボラグを減らし、足の裏に付いてくるようなフィーリングを目指し、フライホイールを軽量化し、それに合わせてエンジン制御を入念にチューニングすることで、ドライバビリティを大幅に向上させました。

と、専門がシャシ開発の私が言うのもなんですが、この点も私と若い開発者の二人でニュル周辺を走り回って磨き上げたこだわりのポイントです。世界に通用する、ヨーロッパの人たちにも認められる、新しいタイプRに仕上がったと思います」
と、柿沼秀樹さんは胸を張って最新のタイプRの魅力と力を入れたところを語っている。

しかも今回のタイプRは、台数限定販売ではない。これもファンにとっては嬉しい誤算だろう。だが、すでにオーダーが殺到しているそうだ。

柿沼秀樹さんはタイプRの開発に情熱を傾け、ドラマチックな走りだけでなくロングドライブも楽しめる新世代のタイプRに仕上げた。彼は自らが開発した、このタイプRを迷わずオーダーしたという。開発者が手に入れたいと思うクルマ、それは最良のクルマであることの証だ。

画像2: ニュルブルクリンク最速はもちろん、世界で通用するクルマに

タイプRが持つ走る楽しさや操る喜びを、
より多くの方々に味わっていただきたく、
史上最速はもちろん快適さを備えた
異次元のタイプRを目指しました。

画像: タイプRが持つ走る楽しさや操る喜びを、 より多くの方々に味わっていただきたく、 史上最速はもちろん快適さを備えた 異次元のタイプRを目指しました。

■インタビュー・文:片岡英明
■写真:玉井 充/井上雅行

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