フルブレーキングは、20%のスリップがカギだ
本連載の第1回目は「ヒール&トゥ」だった。そこで若干ブレーキングについても触れたが、本来はしっかりとしたブレーキングありきのテクニックでもある。今回は、そのブレーキングについて改めて考えてみたい。
まずハイスピードドライビングといえばフルブレーキング。サーキットなどで長いストレートの後にきついコーナーがあるときに求められるテクニックだ。
タイムを縮めるということを考えると、一瞬でタイヤのグリップ限界ぎりぎりの制動力を与えたい。限界ぎりぎりというのは、タイヤと路面がスリップしていない状態のように思う人もいるかもしれないが、実は違う。もうちょっと詳しく見ていこう。
タイヤの円周の距離と進行距離のズレをスリップ率という。たとえばタイヤが一回転した時、円周の90%の距離を進んだ場合にはスリップ率は10ということになる。加速とブレーキングは向きが逆になるが、考え方は同じだ。そして、加速時やブレーキング時に一番グリップの良い(=限界にぎりぎりに近い)スリップ率は20%あたりになる。つまりブレーキングでも少しだけロックしていた方がベストというわけだ。ちなみに加速でもちょっとだけホイールスピンさせた方がグリップが良くなる。
とは言っても「言うは易し、行うは難し」の典型で、なかなか上手くいかないと思う。ただ、やや滑らせるくらいがベストという理解があれば、走りも違ってくるだろう。
サーキット走行でタイムを縮めるには、アクセルの踏み替えとブレーキングの間にタイムラグを作らないということも重要になるし、20%のスリップ率のところまで一気に踏み込むということも重要になる。そして、必要な地点までブレーキ踏力は一定、コーナーの入り口では緩めてステアリングとシンクロさせる…と、ひとつひとつ見ていくと非常に奥が深い。この辺は、本連載第4回の荷重移動で解説しているところなので参照して欲しい。
踏み替えの速さという意味では「左足ブレーキ」というテクニックもある。習熟が必要だが2ペダル車ならばコンマ1秒を削りとるには有効だ。MTでは、シフトダウンの不要なコーナーならば使える。
また、サーキット走行であってもコーナーで常にフルブレーキングが求められるわけではない。高速コーナーの手前ではアクセルオフだけで行ってしまったり、緩いブレーキをかけたりということもある。この辺は「ブレーキは常に20%のスリップ率で」などと考えると、タイムも出ないし危険でもあるので柔軟に対処したいところだ。
一般道でドライビングを楽しむにはこんな限界ぎりぎりのブレーキングは必要ない。クルマやタイヤと対話をしながらのドライビングを楽しむということであれば、コーナー手前でアクセルを抜いて、Gが4輪均等にかかってから、ブレーキを踏んでフロントに荷重をかけて、ステアリングを切り込んで…というふうに余裕を持たせたほうが安全に楽しく走れるだろう。
現代のクルマはABSが標準装備となっている。昔は「邪魔だからリレーを外して解除して…」ということもあったが、今は性能も上がり、そんな必要もなくなった。また、ABSありきでセッティングされていることもあるから、藪から棒に外してしまうと危険でもある。
ABSの付いたクルマでフルブレーキングをする場合には、作動させてしまった方がいいということがある。あるトップドライバーは「ABSを効かせっぱなしでヒール&トゥで減速ができればいいんだよね」と語っていた。これならばあまり踏力を一定にするということに気を遣う必要もなくなるから、ビギナーにとってはかえって楽な面もある。これはクルマの進歩によってドライビングが変化してきたとも言える。
何より安心なのは、ABSが効いていれば、ステアリングが効くということだ。タイヤがフルロックしてしまえば、いくらステアリング操作をしても、クルマは言うことを聞いてくれない。とくに雨の日のハイスピードドライビングで、ABSはドライビングの失敗をリカバーしてくれる。やばいと思っても、なんとかなる場合もあるのだ。
■解説:飯嶋洋治 ■イラスト:きむらとしあき ■写真:井上雅行