WRC制覇のために開発された戦闘用ミッドシップマシン
「LANCIA Stratos:ランチア・ストラトス」
ランチア・ストラトスは、「パーパス・ビルト・カー」と呼ばれる。ラリーに勝つことだけを目的(パーパス)に企画されたクルマである。少なくとも当時のラリーでは、専用マシンを作るなどありえなかった。
この企画の仕掛け人の一人が、ランチアのラリー・チームのボスであったチェザーレ・フィオリオ。後にフェラーリF1チームの監督にもなるほどの実力者にして情熱家だったので、普通では通らない「わがまま」によるラリー必勝マシンが、実現することになったわけだ。
カロッツェリアのベルトーネもこの企画に関与していた。仕事を欲していたベルトーネは、当時流行の斬新なデザインのミッドシップカー(つまりスーパーカー)のショーカー「ストラトス・ゼロ」を製作し、ランチアに新しい市販モデルの生産化を提案していた。
その提案が、ラリー用ベース車という形で、ランチアのニーズと合致。ランチア側は、ドライバーをはじめラリーの現場スタッフに、理想のラリーカーを詳細にリサーチしてコンセプトを定め、ベルトーネ側は、ランチアのエンジニアのアドバイスを受けて、実際の設計と生産を請け負った。
デザインを行ったのは、チーフスタイリストのマルチェロ・ガンディーニ。あのランボルギーニ・カウンタックなどを手がけた鬼才である。
ゼロから開発するだけあって、まさしくラリー専用のプロトタイプレーシングカーというべき基本設計であり、センター部分がモノコック、その後方に頑強なサブフレームを組んでエンジンを載せた。
キャビンがモノコックなのは、乗員スペースを十分に確保し、騒音にも配慮したためと言われ、ヘルメットの置き場をドアポケットに設けるなど、疲労の激しいラリーでの乗員への配慮も各所に盛り込まれた。
重量物を車体中央に集めたミッドシップである上、全幅が1750mmもありながらホイールベースはわずか2180mmと短く、まさに設計の狙いどおりなのだが、例外的にクイックなハンドリングで、アマチュア・ドライバーには手に余るほどだった。
エンジンは当初ランチアの4気筒を積む予定だったが、途中で「わがまま」が高じて、フェラーリのディノ用V6ユニットをもらい受けることに成功した。
ただしその交渉が難航して市販モデルの生産は遅れ、そのうち第一次石油ショックの影響があり、500台程度は生産したものの、販売は不振だった。
ラリーでは見事に世界タイトルを1974年から3年連続で獲得。またスーパーカーとしても、日本では当時カウンタックに並ぶほどのエキゾチックな存在として人気があった。
ランチア・ストラトス 主要諸元
●全長×全幅×全高:3710×1750×1110mm
●ホイールベース:2180mm
●重量:888kg
●エンジン:V6 DOHC
●排気量:2418cc
●最高出力:190ps/7000rpm
●最大トルク:23.0kgm/4000rpm
●トランスミッション:5速MT
●駆動方式:横置きミッドシップRWD