ハッチバックとアバントの中間パッケージング
2004年9月24日に発表、10月22日からデリバリーが開始されたアウディA3スポーツバック。これまでボディバリエーションのひとつに過ぎなかった5ドアモデルに独自のパッケージングと名称を与えた上、アウディの新しい顔と言うべきシングルフレームグリルを採用するなど、何かとニュースが多い新型車ではある。
ただし、メカニカルな部分で最も大きな話題となる2LのターボFSIエンジンは2005年2月からのデリバリーということで、今回は受注が開始されたに過ぎない。何を隠そうこのパワーユニットはパリサロンでデビューしたてのゴルフGTIと同じもの。供給もやっと立ち上がったところで、3ドアで既存の自然吸気FSIや3.2クワトロより上陸が遅れるのも致し方ないという状況なのだろう。
しかしアウディ・ジャパンは粋な計らいを見せてくれた。何と出来たてほやほやの2.0TFSI数台を空輸し、いち早く国内で試乗できる機会を作ってくれたのだ。しかもドライブコースに組み込まれたMINEサーキットでは、ターボFSIエンジンを積んでル・マンで総合優勝を飾ったチーム郷のR8のデモンストレーションランという嬉しいオマケまでつけてである。
プレミアムブランドを標榜し日本でも大躍進中のアウディ。その販売比率を紐解いてみると、全体の52%をDセグメントのA4が占め、続く15%をA3とTTが分け合っているという。さらなるシェアアップを達成するためには量販が見込めるCセグメントのボリュームアップが必須。ユーティリティを高めて登場したスポーツバックはその鍵を握る存在であり、プロモーションにこれだけの手間を掛ける理由もよくわかる。
というところで、まずはスポーツバックと3ドアのパッケージ上の違いからチェックしよう。スポーツバックのスリーサイズは、全長4285×全幅1765×全高1430mm。3ドアに対し全長が70mm延長されたのが唯一の違いで、ホイールベースにも変化はない。つまりリアのオーバーハングを伸ばして、積載性を向上させたのがアピールポイントだ。たったそれだけの違い?と、正直なところ思ったりもするのだが、先代までドア数にかかわらずまったく同じディメンジョンで勝負してきたアウディにとって、やはりこれは画期的なことなのだ。
もともとコンパクトな成り立ちのA3は、実用面では確かに厳しい部分があった。リアシートは乗り込んでしまえばそこそこの広さは確保されていたが、フロントシートを倒してのアクセス性はやはり良好とは言えなかったし、ラゲッジルームもパーセルボード下は350Lと先代ゴルフより広いキャパシティを有していたものの、件の低く絞り込みの効いたスタイリングのせいで、ボードを外して荷物を積み上げるような使い方は不得手だった。
プレミアムカーにそうした使い方が似合うかは意見の分かれるところだろうが、ファミリーカー的なニーズに応えられる実用性を3ドアのA3が有していたとは言い難い。そこでスポーツバックの投入である。
後席スペースは3ドアと大差ない。シート座面が低めにセットされており、床との段差はさほど大きくないが、普通に座っても膝が浮くようなことはないし、フロントシート下に爪先が入るのでそこそこリラックスした姿勢も取れる。ヘッドクリアランスも身長172cm座高標準!? の僕が座って拳1.5個くらい。全体に車高を抑えたクルマゆえ、多少の閉塞感はあるが十分実用に耐える空間だ。それに何と言ってもドアが2枚追加されたことで乗降性が飛躍的に良くなっているのが嬉しい。
ラゲッジルーム容量は20L増えた370L。数値にするとわずかだが、フロアの奥行きに余裕が増しているし、開口面にテールランプの張り出しが残らないゲートデザイン(リアコンビの一部がゲート側にマウントされた)になったため使い勝手は抜群に向上している。ただしこれはFFモデルに限る。3.2クワトロは床下にリアデフを吊る関係でフロアが一段高くなっており、FFほどの容積はない。それでも床面積は増えているので、3ドアよりもユーティリティ面では有利ではあるのだが。
アウディではスポーツバックをハッチバックとアバントの中間に位置する新しいパッケージングと定義している。確かに物は言いようだが、僕にはようやく普通に使える5ドアが出たという印象の方が強く、本質も実はそこにあると思う。ただ、使い古された5ドアハッチという呼び方がプレミアムなアウディのイメージにそぐわないのだろう。
相変わらず清潔で質感の高いインテリアを眺めていると、どうして5ドアひとつ作るのにそこまで慎重になるかなあ、とも思う。たとえばこのスポーツバック導入にあたってスポーティさを強く前面に押し出しているのも、このクルマを単に実用の小型車と捉えて欲しくない表れだ。
そんなに心配しなくてもアウディの軽快な走り味はすでに十分知れ渡っている。その上にユーティリティの向上を果たしたスポーツバックは今後A3のメインモデルになると言って差し支えないだろう。
それよりも心配なのは、スポーティイメージを固定するためにラインナップを走りの方向で絞ってしまうことだ。今回は3ドアにあるアトラクションは用意されていないが、向上したユーテリティを気軽に味わいたいと思うアウディのエントリーユーザーも少なくないはずだから、これもいずれは用意して欲しい。
FSIターボエンジンは自然吸気のようなフィール
さて、いよいよ本邦初公開であるTFSIの印象に移ろう。このエンジンは自然吸気FSIと同じ1984ccの排気量ながら、ターボの追加で200psのパワーと280Nmのトルクを発生させることに成功している。驚くのはそのトルクバンドの広さで、なんと1800〜5000rpmという広い領域で最大トルクを発生し続けるのだ。
直噴エンジンはガソリンをシリンダー内に直接吹くため、燃料による冷却効果がポート噴射よりも大きく、充填効率が高まるし、高圧縮化してもノッキングが起こりにくい。このTFSIも10.3と過給エンジンとしては非常にハイコンプレッションだ。
その効能は乗るとすぐにわかる。ターボラグはまったく意識させず、アクセルを踏んだ瞬間から豊かなトルクが立ち上がる。過給エンジンにありがちなトルク変動も皆無。自然吸気のように素直でナチュラルなフィールにまず驚かされた。基本的にフラットトルクで扱いやすい性格だが、もちろんそのパワー感は自然吸気より大幅に向上している。3000rpm前後のグイグイと来る加速感はこのモデルならではだ。
組み合わされるトランスミッションは3.2クワトロと同じDSG。このトランスミッションの魅力はこれまで何度も紹介して来たが、やはり乗るたびに感心させられる。しかも3ドア導入時の時の印象と較べると、わずかな間にキチンと進歩させているのにも感心させられた。
ステアリングパドルで行うシフト操作に対する反応はあくまでも正確、オーバーレブする場合はシフトを拒否するが、範囲内では左パドルを引く度にサクサクとダウンシフトする。回転を合わせるので変速ショックはほとんどないが、タコメーターの針は間髪入れずに反応し、即座に次の力強い加速に備えてくれる。また、Sレンジではブレーキで速度を落とすのに応じて自動的にシフトダウンも行う。そのまま停止すると1速をホールドするが、以前のDSGは止まる瞬間にイナーシャが消し切れず、クルマが押し出される感触があった。ところが今回のDSGはそれがまったくない。クラッチ制御がかなり賢くなった証拠だ。
強力で表情豊かなエンジンと、進化したDASGを得て、スポーツバックの2.0TFSIはシリーズ中最もお勧めできるモデルに仕上がっている。ハンドリングもノーズの重さに対し、ステアフィールがやや軽過ぎる3.2クワトロよりも僕には好ましく思えた。ノーズの軽さ、センター付近の応答性をややシャープに味付けているステアリング、軽く伸びやかな吹け上がり、締まった乗り味。こういった要素がバランスよく混じり合い、本当に軽快な乗り味を実現しているのである。
4WD化でスタビリティが高く、乗り味にも重厚さが感じられるクワトロも魅力はあるが、これに近い乗り味は、たとえばA4でも味わうことができるし、むしろ相応しい。それに対して2.0TFSIの軽快さを前面に押し出した味わいはA3でなければ出せないものだと思う。
ちなみに、僕は今回の試乗直前、フランスでゴルフGTIに乗る機会を得ていた。両者のメカ的な成り立ちはほとんど同じだが、その味わいは違う。ゴルフはストロークの大きな足がねっとりと路面を捉え挙動も穏やかなのに対し、スポーツバックは動きがよりビビッドで軽快だ。
どちらが良いかは、これはもうお好みで、と言うほかない。いずれにせよフォルクスワーゲン・アウディグループは、TFSIという強力な武器を手にしたのだ。それは間違いない。(文:石川芳雄/Motor Magazine 2005年1月号より)
アウディA3スポーツバック 2.0TFSI(2004年)主要諸元
●全長×全幅×全高:4285×1765×1430mm
●ホイールベース:2575mm
●重量:1470kg
●エンジン:直4DOHCターボ
●排気量:1984cc
●最高出力:200ps/5100-6000rpm
●最大トルク:280Nm/1800-5000rpm
●トランスミッション:6速DSG
●駆動方式:FF