美しいだけでなくポジショニングが巧み
昨年のフランクフルトショーで発表された新型6シリーズのインパクトは大きなものだった。何より議論を呼んだのは、そのスタイリング。「世界一美しいクーペ」と呼ばれた往年の6シリーズの繊細な美に対して、新しい6シリーズは近年のBMWに共通するダイナミズムが強調されたスタイリングをまとっていたからである。
しかし、最近のBMWがどれもそうであるように、時が経過するにつれて、その姿は徐々に目に馴染み、当初は聞こえてきた否定的な声も、今やまったく耳にすることはなくなった。むしろ伝わってくるのは、その美しさを讃える声、そして溜息ばかりだ。
この6シリーズ、美しいだけでなくしたたかでもある。それは、ポジショニングの巧みさ。最大のライバルであるメルセデス・ベンツの4シータークーペはCL、そしてCLKだが、6シリーズはそのいずれとも直接競合せず、位置付けは、そのちょうど中間あたりとなる。さらに周囲を見回してみても、実はこのクラスには有力な4シータークーペは存在しない。つまり、誰もが見逃していた空白地帯に見事に入り込んでいるのだ。
かつて8シリーズでは、SLと直接対峙してうまくいかなかったBMWだが、今回はうまくやったと言えるだろう。この6シリーズの後を追うように、メルセデス・ベンツがCLSを投入してきたのはご存じのとおり。ここでもまた、うまくニッチを見つけたBMWが、新たなマーケットを創造するという図式が展開されたのである。
同じことは、遅れて投入されたカブリオレについても言える。645Ciカブリオレは、CLKカブリオレやアウディA4カブリオレより明らかに格上。しかしジャガーXKRコンバーチブルよりは圧倒的にリーズナブルという、絶妙な位置にいる。カブリオレにおいてもライバルは不在なのだ。
もちろん、6シリーズの成功の要素はそれだけではない。最初に書いたスタイリングの美しさもそうだし、最近のBMWでは珍しく操作系がドライバー側を向いた明確なコクピットスタイルを採用したインテリアも、その特別な存在感に繋がっている。
そして走りだ。645Ciは、基本部分を共用する5シリーズと同様、ボディはアルミとスチールのハイブリッド構造とされ、さらにアクティブステアリング、ダイナミックドライブといった様々なデバイスもフルに採用されている。
エンジンは4.4L V8。545iに積まれているものと較べると、より野太い咆哮を響かせるこれは、とりわけSMGとの組み合わせでは、豪放にしてキレ味鋭い、大排気量スポーツカーに相応しい走りをもたらす。
そのスタイリングと同じく、6シリーズは走りにおいても、最新のBMWの哲学が、余すことなく体現されているのである。(文:島下泰久/Magazine 2005年1月号より)
BMW 645Ciクーペ(2004年)主要諸元
●全長×全幅×全高:4830×1855×1375mm
●ホイールベース:2780mm
●車両重量:1740kg
●エンジン:V8DOHC
●排気量:4398cc
●最高出力:333ps/6100rpm
●最大トルク:450Nm/3600rpm
●トランスミッション:6速AT※6速SMGも設定