ベントレーとロールスロイスが異なる道を歩み始めたのが2002年のことだった。そして、フォルクスワーゲングループに入り、新世代ベントレーが投入したのがこのコンチネンタルGTだった。同グループの技術を注ぎ込んで開発されたこのモデルは大ヒットとなった。「コンチネンタル」という伝統的なモデル名を冠して、このモデルはいかにして現在のベントレーの新しい基盤を作り上げたのかを振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2005年2月号より)

優美な佇まいの奥に燃える炎、静かに途方もない力を示す

べントレー コンチネンタルGTと向き合うと、どうしても粛然たる気分にならざるを得ない。ここには紛うことなき「英国」が充満している。その流儀は理論でも感情でもなく、ゆっくり過ぎ行く時間の流れによって自然と磨かれたものなので、すとんと無理なく胸に落ちる。

それを形にすると端正な外観であり、こよなく居心地の良い室内であり、クルマならジャガーでありアス卜ンマーティンであり、ベントレー コンチネンタルGTでもある。

しかし、85年前の誕生以来、並み外れた筋力と肺活量を誇ってきたベントレーだけに、優美な佇まいの奥に燃える炎は押し隠せない。コンソール上のスタートボタンを押した瞬間から、紳士の仮面に潜む獣性が、じっとり地を這って周囲を威圧する。

これは英国の上流階級に共通の雰囲気だ。それぞれ特色ある名門校で高等教育を受け、社会的嗜みを弁えながらも、ラグビーやボートで鍛えられているだけに、いざとなれば躊躇なく腕っぷしも発揮できる。そのすべてを具えてこそ、あの国では一人前なのだ。

さて、涼しい顔とは裏腹に野太いアイドリングの響きをたなびかせるコンチネンタルGTは、軽いアクセル操作だけで滑るように発進した瞬間から、すでにただ者ならぬ片鱗を見せる。全長4.8m、全幅1.9mにあらゆるメカニズムを組み込み、2.4トンに届こうかという巨体が、たまらずズイッと行こうとするのだ、ズイッと。まさに有り余る力を抑えかねているのが、コクピッ卜にもひしひしと伝わって来る。

そこでアクセルを深く踏み、我慢の軛から解き放ってやった途端、何が起きたか理解するより前に、はるか彼方に見えていた地点まで、まるでワープするかのごとく到達してしまう。その間わずか数秒、背中を押す(というよりシートバックに背中をめり込ませる)加速Gの強烈さにはほとんど変化がない。

そのまま踏み続ければ、次に速度計に目をやる時にはとっくに280km/hを突破し、それでもしゃにむに押し出す力は少しも衰えない。この姿、車外からだとジェット機の離陸滑走に見えそうだが、その実コクピットには機械の軽いざわめきと遠い唸りしか届いて来ない。このぶんでは318km/hという公称最高速は、かなり控えめかもしれない。もちろん、いかに速度無制限のアウトバーンとはいえ、そんな超高速を保つなどできないから、おもむろにブレーキング(これがまた強力なのだ)しつつ160km/hほどまで落とすと、まるで停まってしまったかのような錯覚にとらわれる。

それもそのはず、5998ccにターボといえば、レース界の過給係数によって自然吸気に換算すると、なんと1万0197cc!に相当する。排気量に勝るチューンなし。これだけあれば、踏んだ瞬間から風景が五色の帯になってしまつても不思議ではなぃ。

むしろ不可解なのは、この排気量にして最大トルクがわずか66kgmとしか表示されていないことだ。90kgmでも100kgmでも当然なのに、あえて低く言うところに、かえって不気味な自信を思わせるものがある。この最大トルクが1600rpmという低い回転域で出て、その9割(NA6L級の最大値)をほとんどアイドリング近辺から5000rpm近くまで維持するというのも不気味すぎる。

どこまでトップギアのまま粘れるかが古来より高級級車の指標だったが、もしコンチネンタルGTがマニュアル仕様だったら、きっと6速で500rpm(25km/h)からでも悠然と立ち上がってしまうに違いない。

不気味といえばエンジンの感触もそうで、予備知識がなければ気筒数も言い当てられないだろう。どう踏んでも一般のV型12気筒(直6を互いに60度で2セット組み合わせた)のようなキレを感じさせない。ただただ無機質に途方もない結果だけ叩き出す「装置」に思えてしまう。そこが生みの親フォルクスワーゲンのモジュール設計の肝でもある。実は彼等にとっては気筒数など重要ではなく、ただコンチネンタルGTらしい性能を発揮するために必要な排気量から逆算した結果が12気筒だったにすぎない。

画像: 1952年デピューのコンチネンタルRタイプの伝統を正しく継承。6L ツインターボのトルクを受け止めるトランスミッションはZF製の6速AT。レバー操作の他にステアリングコラムに設けられたパドルでもシフトが可能。

1952年デピューのコンチネンタルRタイプの伝統を正しく継承。6L ツインターボのトルクを受け止めるトランスミッションはZF製の6速AT。レバー操作の他にステアリングコラムに設けられたパドルでもシフトが可能。

信じがたいほど短いW12エンジン

その基礎はフォルクスワーゲン各モデルに搭載されている特異な超狭角V型エンジンにある。一個のブロックにジグザグに気筒を配置したV4、V5、V6が、そのスペックからは想像できないほどコンパクトなのが特徴(その源は往年のランチアだが)。

V6でもエンジンの全長は直4より短い。その15度V6を2セット、互いに72度の挟み角で組み合わせたのがコンチネンタルGT用で、V+VでWと称しているが、正確には「ブイブイ12」と呼ぶべきだろう。

ボンネットを開けてみて、これが本当に6Lもある12気筒かと信じられないほど短いのは事実で、おかげでほかの12気筒車と違い、コンチネンタルGTは4人乗れる本格ツアラーとしてのパッケージングが可能になった。

ここで余談ながら、なぜ最近こんなに12気筒が流行しているかに触れておこう。この傾向、実はある種のファッションであって、どうしてもシリンダーが12本も必要というわけではない。

点火系の信頼性が低くミスファイアしやすかった昔は、王候貴族の高級車が停まっては沽券にかかわるので、1本や2本が燃えてなくても平然と走れるように気筒数を増やす必要があり、12気筒どころか16気筒も使われた。

その逆作用でマルチこそ高級車の記号とされたから、物理的な必要がない今でも、ファッショシというかステイタスとしてわざわざ12気筒を積むわけで、そのあげくロールスロイスやキャデラックは16気筒の試作まで始めてしまった。

さて、そんな底知れぬ動力発生装置を積んでしまったコンチネンタルGTだが、おそろしく速いという一点を除けば、走行感覚は拍子抜けするほど穏やかだ。やはり高出力車は4WDに限る。

アウディのクワトロから伝えられたフルタイム4WDシステムだけに、これほどのパンチでも確実に路面に刻み込み、どんな瞬間でも破綻をきたすことがない。まるで根の生えたような直進安定性もさることながら、コーナーではその効果がもっと明らかになる。どう攻めようとどう踏み込もうと、強引に立ち上がれてしまうのだ。よほど道輻が広ければ、やや早すぎる進入から急にアクセルを放してノーズを巻き込む姿勢を作れないでもないが、その瞬間すかさずESPが介入して安定を取り戻してしまうので、結局はアンダーめで立ち上がるしかない。いや、そもそもそんな小細工が向くクルマではない。

ところで、こういうリポートでアンダーステアと報告するとスポーティさを欠くように思われがちだが、そんなことはない。特にこのような重量級の高性能車は基本的にアンダーステアであるべきで、もし本当のニュートラルステアに味付けしたら、誰もがオーバーステアだと感じて怖がるに違いない。

画像: 2列W型に配列された12気筒エンジン。直列6気筒を組合わせた通常のV型12気筒よりはるかにエンジン全長を短く軽量化できるのがメリット。6L ツインターボゆえトルクはあり余るほどあり、 スピードコントロールはまさしく意のまま。

2列W型に配列された12気筒エンジン。直列6気筒を組合わせた通常のV型12気筒よりはるかにエンジン全長を短く軽量化できるのがメリット。6L ツインターボゆえトルクはあり余るほどあり、 スピードコントロールはまさしく意のまま。

英国から大陸へ渡り旅するクルマ

と、ちよっとばかり根性こめて攻める話ばかり紹介してきたが、この種の技は、コンチネンタルGTが本来目指すものとは違う。そこで注目すべきが、この車名だ。実はイギリス人は、自分の国をヨーロッパの一部とは思っていない。あくまで「イギリスとヨーロッパ」という解釈だ。そこで富裕層が長い休暇をのんびり過ごすためヨーロッパ、すなわち大陸(コンチネント)に赴くのに、自らステアリングを握って出かけるためのクルマという意味でこう名付けられたわけだ。

だからドーバーから海峡を渡ってカレーに上陸し、フランスを南下して東に転進し、地中悔沿いにカンヌ、二ース、そしてモナコを目指す旅の道連れ、つまり本当の意味でのグランドツーリングカー(GT)がコンチネンタルの役割なのであって、キャアキャア峠を攻めるなど、本来の意味を知らない成り上がり者の瞬間芸にすぎない。

そんなことは、上質の革と木を駆使して、職人が精魂こめて仕上げたインテリアを一瞥しただけで感じ取れるはず。ここには午後のお茶をゆっくり楽しむ英国の上流階級の居間が、そっくり移って来たような趣がある。せかせか先を急ぐようでは、そもそもベントレーになど乗る資格がない。

さらに言うなら、コンチネンタルGTだけでなくこの種の高性能車は、もてる能力の限りを尽くすのではなく、「能ある鷹は爪を隠す」のたとえのように、悠然と流すところに本当の意味がある。使えば使える性能を、あえて使わないのが作法なのだ。そもそもコートダジュールの崖っぷちを縫うルートなど、コンチネンタルGTが全力を発揮できるステージではない。

そのように普通に走る時、やや気になるのが乗り心地の粗さ。ダッシュのダイヤルによってエアサスペンションの硬さが4段階に切り換えられるが、最もコンフォートなモードを選んでも、バネ下で巨大なホイールとタイヤがせわしなく上下する感覚が、正直に体にまで伝わってしまう。クルマ全体を包む上品さを思うと、これはかなり残念なポイントだ。

これは、そもそものベースとなったフォルクスワーゲンの最高級セダン、フェートンにもある程度は見られる現象で、サスペンションをスポーツモードに切り換えると、高速走行でも上下動が少し気になる。フェートンはホイールベース2.9m、自重2.3トンで、タイヤが235/50R18、一方、コンチネンタルGTはホイールベースが2.7m強で、2.4トンに275/40R19、しかもクルマの性格に合わせて基本がやや硬めのセッティングだから、そのぶん欠点も強調されてしまったのだろう。

そんな出自を意地悪く表現すれば、コンチネンタルGTはフェートンのクーペということもできる。その根本にはフォルクスワーゲンのプラットフォーム戦略もある。基本的に同じ系統のプラットフォームからフェートンをはじめSUVのトゥアレグ(ということはポルシェ・カィエンも)まで作れたほか、まったく守備範囲の異なる4座クーペにまで応用できてしまったのだから、いかに最初の設計が優れていたかの証拠でもあり、それはそれで立派な仕事だ。

しかし、ではこのクルマがフォルクスワーゲンのビッグクーペとして発売されていたらどうかといえば、おそらく商業的には成功しにくかっただろう。あれほど嗚り物入りで登場したフェートンも苦戦しているが、そこにフォルクスワーゲン(国民車)なるブランドの限界が見える。かつてフィアットを悩ませたのと同じで、世間の先入観はことのほか厳しく保守的なのだ。

だからこそ、そのコンポーネンツを活用してベントレーを作る意味もあるわけで、「ウィングドB」のマークを付けたクルマとして史上最も安いこともあり、工場もフル稼働が追いつかないほど注文殺到だという。たしかに、これほどの内容と存在感で、しかもこのブランドなら、2090万円でも高過ぎはしない。ただし、これをあくまでセカンドカーとして買える身分であることが条件だが。(文:熊倉重春)

画像: インテリアのしつらえは先代のコンチネンタルRのイメージを継承しつつ洗練化されている。クリスタルな輝きを放つウッドパネル、クロームで縁取られたメーター類は別格の仕上がり。

インテリアのしつらえは先代のコンチネンタルRのイメージを継承しつつ洗練化されている。クリスタルな輝きを放つウッドパネル、クロームで縁取られたメーター類は別格の仕上がり。

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ベントレー コンチネンタルGT(2005年) 主要諸元

●全長×全幅×全高:4815×1920×1400mm
●ホイールベース:2745mm
●重量:2420kg
●エンジン:W12 DOHCツインターボ
●排気量:5998cc
●最高出力:560ps/6100rpm
●最大トルク:650Nm/1600rpm
●トランスミッション:6速AT
●サスペンション:前後マルチリンク
●最高速:318km/h
●0→100km/h加速:4.8秒

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