スマートの発案者は、スウォッチの創業者だった
1982年に190シリーズによって、小型車への復帰を果たしたメルセデスだったが、それはまだ序の口にすぎなかった。1990年代には、小型どころか他のどの大手メーカーのクルマよりも小さい、超小型車のスマートを世に送り出すことになる。
スマートの発案者は、時計業界の風雲児というべき実業家ニコラス・ハイエクだった。斬新なコンセプトの低価格腕時計「スウォッチ」を大成功させたハイエクは、ミニカーをつくって自動車業界にも一石を投じようと画策した。しかし協業を頼んだどの自動車メーカーからもよい返事をもらえず、唯一応えたのがメルセデスだった。190シリーズの回でも述べたように、世界的にエコが求められる時代に、メルセデスはよりいっそうの「小型化」を必要としていた。メルセデス自身が、1980年代から独自に超小型車の研究を行っていたのだった。
![画像: 1980年代初頭にメルセデスが開発した超小型車のNAFA。後のスマートにつながる研究となった。全長2.5mは市販型スマートと同じだった。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783018/rc/2019/10/04/4223707657d5f4c64331f1de067257d9107927c8_xlarge.jpg)
1980年代初頭にメルセデスが開発した超小型車のNAFA。後のスマートにつながる研究となった。全長2.5mは市販型スマートと同じだった。
![画像: 1994年にスウォッチとの合弁発表時に公開されたコンセプトカー。メルセデスは1991年に開発に着手していたという。手前がエコスピードスターで、奥がEVのエコスプリンター。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783018/rc/2019/10/04/ff6c0621e03c7ea9044feac4ff076c0ebc1b5985.jpg)
1994年にスウォッチとの合弁発表時に公開されたコンセプトカー。メルセデスは1991年に開発に着手していたという。手前がエコスピードスターで、奥がEVのエコスプリンター。
ちなみに、このときフォルクスワーゲンが協業を断ったのは有名な話だ。その後、同社は自前で小型モデルのルポを市販化した。本稿でも追ってきたように、かつて小型車がフォルクスワーゲン、中大型車がメルセデスと棲み分けていたが、前者が大型分野へ、後者が逆に小型分野へ進出し、両者は並び立つフルラインメーカーになっていくのだった。
メルセデスとスウォッチは合弁で1994年にマイクロ・コンパクトカーAGを設立し、1998年に市販型のスマート・シティクーペが発売された。これは現在のフォーツーに相当するが、スマート(Smart)とはスウォッチとメルセデスの頭文字であるSとMにArtの文字をつなげたものといわれる。
![画像: 1998年に市販された最初のスマートは、シティクーペを名乗った。全長わずか2.5mのマイクロコンパクトカーとして注目を集めた。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783018/rc/2019/10/04/a87d98296b2955b53a6ca322168a3fc24fc35274_xlarge.jpg)
1998年に市販された最初のスマートは、シティクーペを名乗った。全長わずか2.5mのマイクロコンパクトカーとして注目を集めた。
スマートは注目を集めたが、前途洋々ではなかった。発売後には横転問題が起きて設計変更をしいられ、その後も販売が目論見どおりにはいかず、赤字が続いた。スマートは2人乗りながらも、価格があまり安くなかったのだ。世界的な石油価格の高騰が追い風となって、ようやく黒字となるのは2007年のことだったが、それまでにスウォッチは撤退してしまった。
スマートはブランドが異なる超小型車とはいえ、メルセデスの技術力と哲学がしっかり投入された。徹底的にコストダウンを図っているが、安っぽい悲壮感がないのは、デザインパッケージにスウォッチ的な世界観があったからかもしれない。2.5mという全長の中で、2名乗車とはいえ、居住性と安全性を確保するために、フロアには2階建てのサンドイッチ構造を採用し、エンジンはリアに搭載。前後オーバーハングがまったくない。
![画像: 歴代スマートの車体骨格を成すトリディオン・セーフティセル。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783018/rc/2019/10/04/c0ba38341e9867f429588efd9d23055f3df55a8c_xlarge.jpg)
歴代スマートの車体骨格を成すトリディオン・セーフティセル。
車体は、トリディオン・セーフティセルと呼ばれる強固な構造を採用し、外板にはポリカーボネートを使用して、ポップな2トーンのボディカラーとしている。
スマートは2007年に2代目に進化し、当時提携していた三菱自動車製のエンジンを積み、アメリカ市場にも進出。2014年からの3代目はルノーと共同開発とされている。2019年には、中国の吉利(ジーリー)がスマートの株50%を引き受けて経営に参画することになり、近い将来スマートは全車EV化するとアナウンスされている。
![画像: 2014年に登場した現行型の3世代目スマート。初代よりもだいぶ立派になっている。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783018/rc/2019/10/04/48b85acd4afed80245d31c141dc78eca7188cc68_xlarge.jpg)
2014年に登場した現行型の3世代目スマート。初代よりもだいぶ立派になっている。
スマートは、今までも、そしてこれからも、あくまでもクルマの未来が託される存在なのだ。(文:武田 隆/写真:メルセデス・ベンツ)