明確なターゲットを定めて開発に取り組んだ意欲作
コンセプトカーが発表された2015年当時から、アストンマーティンの将来を長期的に支えることが運命づけられた重要モデルのひとつがDBXだ。現CEOのアンディ・パーマー氏は2016年から22年までの7年間に毎年1台ずつニューモデルを発表。23年以降は、これらを順次モデルチェンジすることで持続的な成長を目指すセカンドセンチュリープランを発表している。
ちなみに、アストンマーティンはヴァルキリーやヴァルハラといった超ド級スーパースポーツカーをF1チームのレッドブルと共同開発中だが、これらは前述の7モデルには含まれない。裏を返せば、DBXとはそれだけ大きな将来性が期待されているモデルだと言えるだろう。
DBXの開発がスタートしたのは5年前。それまでSUVを開発したことのないマット・ベッカー氏が率いる技術陣は、ポルシェ カイエンターボ、BMW X6M、レンジローバースポーツSVRなどをベンチマークに据えると、そのパフォーマンスや構造を解析。
その結果、SUVにはスポーツカーやグランドツアラーとは比べものにならないほど幅広い性能が要求されることを把握し、オンロード性能やオフロード性能だけでなく快適性、静粛性、居住性なども高いレベルで実現しなければならないとの結論に至る。これを受けて、エンジンや駆動系はDB11 V8やヴァンテージでも協力関係にあるメルセデスAMGにコンポーネンツ供給を依頼。4L V8ツインターボエンジンや9Gトロニックなどを搭載することが決まる。
ただし、ボディはDB11で登場したアルミニウムボンデッド工法を用いて新設計。優れた強度と重量配分を達成しつつ、静粛性や居住性にも配慮したプラットフォームを作り上げた。さらに4WD、エアサスペンション、アクティブアンチロールバーなどに電子制御を活用。路面や速度域にかかわらず、優れた運動性能と快適性の両立を目指した。
2019年月に北京でワールドプレミアを済ませたDBXだが、量産版のデリバリーは2020年半ばに開始の予定。このため、現在は主に制御系ソフトウェアの総仕上げの真っ最中だが、そんなDBXのプロトタイプに中東オマーンで試乗するチャンスが舞い込んできた。
極めて高い走りに関する総合性能を有する
プロトタイプとはいえ、試乗車は生産ラインで作られたもので、ハードウェア面は正式な製品版とほぼ変わらない。今後の変更が見込まれるのは前述のとおりソフトウェアが中心で、とくにパワーステアリングのフィーリングとスロットルペダルの反応に関しては最終版ではないとの説明があった。
試乗車のボディにはいたるところにステッカーが貼られて泥がこびり付いているものの、エレガントでバランスがいいプロポーションの各所に野性的な要素を秘めたデザインは秀逸だ。
オマーンのオンロードを試乗して感じたのは、他のアストンマーティンとは別物の快適な乗り心地だった。荒れた路面でも直接的なショックを伝えることなく、サスペンションがしなやかにストロークしてフラットな姿勢を保つ。
これだけでもラグジュアリーSUVとしては極上の仕上がりだが、ハンドルを握っていてあいまいな部分がまるで感じられないのにはさらに驚いた。チーフエンジニアのベッカー氏によれば、サスペンション取り付け部の局所剛性を高めるとともに、これに見合った設定のサスペンションブッシュを採用することで快適性とハンドリングの正確さを両立させたという。
しかもボディ全体の剛性感が高く、SUVでありながら腰高感がほとんどない。静粛性が高いことを含め、走りに関連する総合性能が極めて上質に作り上げられていることが強く印象に残った。
ハンドリングは素直で穏やかな反応。しかも、滑りやすい砂利道でコーナリング中に強めのブレーキングを行ってもリアが流れ出さない優れたスタビリティを備えている。広々とした居住性、静粛性にも不満がなかったことも付け加えておきたい。
さまざまな要件を高い水準で満たさなければいけないSUVの開発は大メーカーでも難題のひとつ。それを、アストンマーティンという小規模な自動車メーカーが、それもその初作でこれだけの完成度を作り上げたことには驚かずにはいられない。数カ月後の製品版の完成と登場が待ち遠しい。(文:大谷達也)
■アストンマーティン DBX プロトタイプ 主要諸元
●全長×全幅×全高=5039×2220×1660mm
●ホイールベース=3060mm
●車両重量=2245kg
●エンジン= V8DOHCツインターボ
●排気量=3982cc
●最高出力=550ps/6500rpm
●最大トルク=700Nm/2000-5000rpm
●駆動方式=4WD
●トランスミッション=9速AT