335iクーペはBMW最新の進化形態
クルマについて語る時、つい安易に使いがちな「スポーツ性」という言葉だが、言うまでもなくその意味するところは人によってクルマによって、そしてブランドによってさまざまだ。ではBMWにとってのその定義はと言えば、ここ数年、つまりは現行ラインアップへの置き換わりを進める間に大きな変容を遂げてきたと言える。
かつてのそれは、ひたすら正確でドライバーの操作の通りに反応する、そんな概念だったように思う。しかし、そうしたBMW流に他社がこぞって追従してきた昨今、彼らはさらにその先へ進みつつある。それは言うなれば、ドライバーが操作するより前、意図しただけでその通りにクルマが動く。そんな走りだ。
アクティブステアリングというアイテムは、まさにその象徴とは言えないだろうか。これなど当初はやり過ぎの感もあったが、最近では勘所を掴んだようで、ナチュラルに新しい走りの世界を体感させてくれる。もちろん、受け手である我々が慣れたこともあるだろう。いや、やはり何よりそのプロダクトすべてに貫かれた『BMWはコレで行くんだ』という強い姿勢こそが、そうした変容を短期間に成し遂げることのできた最大の要因に違いない。
新登場のBMW335iクーペは、その最新の進化形態だ。未来を見据えた新コンセプトの下に生み出された直列6気筒3L直噴ツインターボエンジンと、熟成著しい3シリーズのシャシとの組み合わせで生まれたその走りに表現されているのは、間違いなく今のBMWの目指すもっとも進化したダイナミクス性能のはずである。
しかし正直に言うと、その最初の印象は僕にとって、あまり芳しいものではなかった。完成度の高さは素晴らしい。しかし、クルマから受ける印象がどこかドライで平板に映ったのだ。
直噴とターボは相性が非常に良い。燃料の霧化の際の冷却効果によって燃焼温度を下げられるため圧縮比を高められ、それが過給効果の小さい低回転域でのトルク確保に貢献するからだ。しかもこのエンジン、低回転低負荷域ではダブルVANOSの働きで排気ポートに空気を流し込み、そこに少量の燃料を噴射してアフターバーナーを起こしてタービンを回すといった高度な制御まで盛り込むことで、ターボラグをなおも低減しているのである。
その効果は甚大で、アクセルを踏み込んだ瞬間から、力強いトルクで後輪が蹴り出されるのを実感できる。もちろん6速ATの巧みな制御もそれを後押ししているはずだが、そこから先もひたすらフラットに分厚いトルクを発生し続ける特性は、やはり圧巻である。低回転域での印象は最新のディーゼルのようでもあり、回せばBMWのストレート6らしく滑らか、しかしその時もトルクの太さは従来のどれとも別物という具合で、そこには新たなキャラクターが構築されているわけだ。
理性で考えれば理想的とも言えるこの特性、情緒がないなんて言うのは勝手なのはわかっている。しかし、アクセルを踏んでトルクが出るまでの一瞬にこそエンジンの個性が強く発揮されるというのも事実。そしてBMWが直列6気筒に、自然吸気にこだわってきたのは、まさにそこを大事にしてきたからのはずで、そう考えると踏めば即トルクが出るこのエンジン、やはりちょっとドライというかデジタル的に感じられてしまう。確かにこれは最初に書いた今のBMWの方向性の延長線にある。まさに切れば曲がるそのハンドリングと合っているとも思う。でも……。
そんな釈然としない気持ちも、長く乗るうちにいくらかは変化したのは事実だ。何しろ肉体的負担が少ないのである。加速したければ右足のつま先に軽く力を入れるだけ、リラックスして力を引き出せる特性は、まさしくツアラー向けだ。他のBMW、特に今回同行した2台の心臓が、いずれもつい踏み込みたくなるほど誘惑的なのに対して、335iクーペは、BMWとしてそれが良いのかはわからないが、まったくそういう気にならないのである。
ずっと走り続けたくなる130iとZ4 Mクーペ
1シリーズにもそんな最近のBMWのトレンドに寄ったクルマというイメージがあったのだが、130iに乗ってみてそれは違うぞと考えを改めた。何しろその走りは味わい深く、そしてまさに「打てば響く」小気味良さだったのだ。
決め手は、やはりそのエンジン。回すほどに活気づき、金属質な音色を響かせながらトップエンドに到達する様は本当にシビレるし、回転上昇とともに刻々と表情を変え、ガソリンがじわり燃焼していく様まで伝わるかのような繊細な手応えも、またたまらない。
高速道路では不満のない直進安定性を披露する一方、ワインディングロードでは右に左に思うままとなるフットワークも秀逸だ。試乗車がアクティブステアリングなしだったのも、クルマとの対話を楽しむには良かったのだろう。乗り心地も、それなりに締め上げられてはいるがストローク自体はしなやかで、大入力に対してもすぐに挙動を落ち着かせてくれる。
こうして走らせていて頭をもたげてきたのは「降りたくない」という思いである。真のツアラーとは、実はそんな気持ちにさせる130i Mスポーツの方かもしれない。改めて見直したというのは、そういうわけである。
一般道でのZ4 Mクーペにも、事前には多くは期待していなかった。しかし、ここにも嬉しい誤算があった。こちらもまた、一度コクピットに収まったらガソリンが空になるまで走り続けたくなる、そんなクルマだったのだ。
決して安楽なクルマではない。乗り心地は硬くステアリングやクラッチの重さも相当なものだ。エンジンも、軽々吹け上がる130i Mスポーツとは別物の重厚感で、回転の密度が恐ろしく濃い。しかと身体を包むが決して狭苦しくはないバケットシートに身を預けたら、もはやこれらと正面から対峙するしかないのだが、しかしそれは苦行ではなく恍惚への一歩である。
回すほどに芯の出てくる至高のストレート6を唄わせると、重低音と高音が複雑に絡まった絶妙なハーモニーが鼓膜を多いに刺激する。室内には音がこもりがちだが、それすらも、もっと踏みたいという気分を盛り上げるスパイス。不快になんて思わない。しかし、それは過剰演出などでは断じてない。あふれるほどにパワーはあるがアクセル操作に対するリニアリティは抜群で、常に欲しいだけの力をきっちり取り出すことができるのだ。
フットワークもそれは同様。硬いがそのぶん反応は極めてソリッドで、いつしかクルマを自分の肉体の延長のように感じつつ、リニアにタイトにコーナリングできる。旋回中はまさにクルマの真中に座っている感覚。ステアリングを切り込むと、単にノーズがインに向くのではなく自分を中心に車体全体が向きを変えていく。これは安定志向に躾けられたZ4 Mロードスターとは明らかに違う感触である。
そんなクルマだから、やっぱり降りられなくなる。渋滞の中ですらクルマとの対話に夢中になって、疲れを忘れてしまうのだ。その分いざ降りると、ぐったり疲れていることに気付くのだが、それとて決してイヤではない。せっかくのMなのだ。それぐらい深く濃く操縦を楽しませてくれなければ。
しかしZ4 Mクーペが一番輝く舞台は、やはりクローズドトラックだろう。ここでも、その走りは刺激に満ち、そしてとにかくコントローラブルだ。
ターンインのキレ味は抜群。なのにそこに不安定感は皆無である。リアの滑りは至極穏やかで、その量はステアリングとアクセルもしくはブレーキでどうにでもなる。面白がって色々試していて、ふとコイツが343psのFRなんだと思い出した時には身震いがした。これだけハイパワーなのに、それほど余裕で、それほど自信を持って攻め込めるシャシなのである。
しかし決してパワー不足なんかじゃない。迷った時には1段上のギアでも行けるほどトルクがある一方、回せば回すだけ官能とトルクの波が押し寄せる。あまりの快感に、気付くと我を忘れて全開を繰り返してしまっていた。
130i Mスポーツは、こうした場面では案外ヤンチャな顔を見せる。リア荷重が小さいせいか、始終テールスライドしてしまうのだ。とは言え、動きは穏やかだからこれはこれでかなり楽しめる。LSDがないので立ち上がりでは早めに舵角を戻さないと内輪が空転してばかりなのだが、そのぐらいの方が安全に楽しめるとも言える。
涌き出るアドレナリンの量がもっとも少なかったのは、やはり335iクーペだ。しかし、その一方で走りの質の高さを改めて実感したのも事実。とにかく4輪の接地感が素晴らしく、神経を研ぎ澄まさなくても、無類の安心感をもってハイペースで走ることができる。エンジンもやはり全域パワフルで、色々確認しながら流したつもりが、前を行く130i Mスポーツにみるみる追いついてしまったほどだ。
スポーツ性という言葉の解釈を、最初に書いた通り、意図した通りにクルマが動くことだとするならば、この335iクーペは、現時点でのその究極と言える。一方Z4 Mクーペは、まさにその対極。人間とクルマの関係が、もっとウエットで絡みつくようだ。しかし、それは優劣ではなくあくまで相違である。個人的にはZ4 Mクーペのあり方にシンパシーを覚えるが、335iクーペのリラックスして引き出せる質の高いハイパフォーマンスも、じわじわ後を引く感は確かにある。もっと長い距離を走っていたら、印象はまだまだ変化したような気がする。
いずれにせよ思うのは、この印象の差はBMWの意図した通りなのだろうということである。ラインアップの主力は335iクーペのような方向性に進み、逆にMモデルは、よりアナログ的な、かつてのBMWに通じる味を醸す。かつてMモデルと言えばBMWの走りのエッセンスを抽出した存在だったが、そういう意味でその位置づけは変わりつつあるのかもしれない。
そしてMスポーツは、そんなMとスタンダードモデルの橋渡しをする役割なのかなというのも、今回改めて確認したことである。一般道での走行が9割9分を占める一般的な使い方なら、刺激性と快適性のバランスはやはりこのあたりが良い頃合いだろう。
さらにもうひとつ、MとMスポーツ、そしてスタンダードモデルの狙いどころの違いを感じたエピソードがある。
今回、Z4 Mクーペと130i Mスポーツはまだ下ろしたてに近い状態で、特にZ4 Mクーペは最初、乗り心地から何からすべてが硬かった。そこで行きの道中、ギアはずっと4~5~6速を往復させ、エンジンもトップエンド付近で回転の上げ下げを繰り返すなどして徹底的に馴らしに務めた。結果はバッチリで、特にサーキットで負荷をかけたあとには乗り心地もしなやかになり、何とも甘美な感触に仕上がったのである。130i Mスポーツも同様に意識して乗っていたら、返却する頃にはこれまで乗ったどの個体よりも滑らかなクルマに育っていた。
これはまさにクルマとの対話が楽しめるクルマだからこそできる、そしてやりたくなることだ。馴らし運転など不要と言われる昨今だが、Mの名を戴くモデルには、アナクロかもしれないが、まだそんな楽しみが残っている。
一方335iクーペでは、あまりそういう気分にならなかった。それは、その成果が際立つほどの情緒性がそもそも希薄だという意味だけではなく、何と言うか、それがどうしたの? というくらいの悠然とした気持ちになるというようなことでもある。そんな自分の心境の違いでも、性格分けの差をハッキリ認識できた気がした。
多岐にわたって広がる「駆けぬける歓び」の意味
今後BMWは、こうしたモデルごとの方向性の違いをより明確にしていくのだろう。言うまでもなく、それはどちらにも振れる高い基本性能と、どちらにも狙った通りのクルマに仕立てられるエンジニアリング能力を持っているからこそできること。そういう意味では、次期M3がどれほどの情緒性をまとって登場するかには、大いに興味が湧くところである。
何度も書いてきた通りスポーツ性という言葉の解釈はさまざま。サーキットやワインディングロードを飛ばして云々という領域だけが当てはまるわけではない。335iクーペは高い動力性能を持ちながら、敢えて飛ばさないクルージングが心地良いクルマに仕上がっている。BMWの文脈からすればやや意外だが、考えてみれば今の彼らにはオフロードでスポーティに走らせられるモデルもある。こうしたテイストだって、出てきて不思議ではない。
しかも、それらは並列して存在しているだけでなく、Z4 Mクーペが一般道でも無類の気持ち良さを味わわせてくれたように、縦横に絡み合ってまた違った表情を見せてもくれている。
さまざまな場面で、さまざまなかたちで堪能できるスポーツ性。BMWが掲げる「駆けぬける歓び」というコンセプトの意味するところは今やひとつではなく、その芯に譲れぬものを抱きながら、これまでにないほど多岐にわたって広がりを見せているのである。(文:島下泰久/Motor Magazine 2007年1月号より)
BMW 335iクーぺ主要諸元
●全長×全幅×全高:4580×1780×1375mm
●ホイールベース:2760mm
●車両重量:1620kg
●エンジン:直6DOHCツインターボ
●排気量:2979cc
●最高出力:306ps/5800rpm
●最大トルク:400Nm/1300-5000rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:FR
●車両価格:701万円(2006年)
BMW 130i Mスポーツ主要諸元
●全長×全幅×全高:4240×1750×1430mm
●ホイールベース:2660mm
●車両重量:1430kg
●エンジン:直6DOHC
●排気量:2996cc
●最高出力:265ps/6600rpm
●最大トルク:315Nm/2750rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:FR
●車両価格:491万円(2006年)
BMW Z4 Mクーペ主要諸元
●全長×全幅×全高:4113×1781×1287mm
●ホイールベース:2497mm
●車両重量:1495kg
●エンジン:直6DOHC
●排気量:3245cc
●最高出力:343ps/7900rpm
●最大トルク:365Nm/4900rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:FR
●車両価格:807万円(2006年)