2006年のジュネーブショーでデビューした「フェラーリ599GTBフィオラノ」が同年10月に日本へ上陸している。日本名はシンプルに「フェラーリ599」。史上最強のベルリネッタと呼ばれたV12気筒FRモデルは、575Mマラネロからどう進化したのか。Motor Magazine誌で行われた試乗の模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2007年4月号より)

総合的に599をコントロールする「マネッティーノ」

フェラーリ599を走らせて、去来したのは最新のF1マシンのことだった。最近のF1マシンは、電子的に結合された有機体のようなものだ。エンジンはトランスミッション、ディファレンシャル、ブレーキなどと機械的につながっているだけではなく、電子的にも結合され、互いに作用し合っている。

セミオートマチックトランスミッションの登場から、すべては始まった。F1だけでなくレース用にはマニュアルギアボックスしか考えられなかった時代に、カリスマ設計者のジョン・バーナード氏は、F1用セミオートマチックトランスミッションを1990年のフェラーリ640で初めて実現した。ラップタイムの大幅な短縮と、ハンドル裏のパドルで変速できることによるドライバーの負担軽減を目論んだのだ。

バーナード氏のチャレンジは実を結び、F1用セミATはすぐに全チームに普及した。今では、他のカテゴリーのレーシングマシンでも、広く用いられているほどだ。

セミATは、エンジンとギアボックスをギアとギアによって機械的に結合しただけでなく、電子的にもつなげた。あれから17年経過して、F1マシンは高度に進化し、エンジンとギアボックス(ディファレンシャルも含む)は、ひとつのものとして開発されるようになった。

話をF1から599に戻そう。599には、65度のVバンク角度を持つ6L V12エンジンが搭載されている。「F140C」というエンジン型式番号が資料にあるが、599の取り扱い説明書にはF141Cと記されていた。いずれにしても、660psを発生していたF140という「エンツォ」のエンジン、そのディチューン版である。トランスミッションは、これまでフェラーリ各モデルに採用してきたロボタイズド6速マニュアルギアボックス「F1マチック」を進化させた「F1スーパーファスト」が装着される。

このふたつを電子的にコントロールしているのが「マネッティーノ」という統合制御デバイスだ。

マネッティーノは、エンジンとギアボックスだけでなく、620psもの途方もないパワーを適切に路面へと伝え、クルマの挙動を安定させながら速く走るために、トラクションコントロールシステムの「F1TRAC」や可変サスペンション「SCMサスペンション」なども統合し、総合的に599をコントロールしている。

マネッティーノは、F430から搭載が開始されたシステムで、ドライバーはステアリングホイールのパッド下右側のスイッチで走行モードを選ぶ。「雪、凍結路」「滑りやすい路面」「SPORT」「RACE」「CSTオフ」と5つのモードが設定されているが、舗装路をふつうに走る時には「SPORT」、ペースを上げて走る時は「RACE」が推奨されている。

画像: セミオートマチック「F1 スーパーファスト」、電子制御トラクションコントロール「F1トラック」、電子制御マグネティックダンパー「SCM」、そしてこれらを統合制御する「マネッティーノ」など、ハイテク装備を満載するフェラーリ599。

セミオートマチック「F1 スーパーファスト」、電子制御トラクションコントロール「F1トラック」、電子制御マグネティックダンパー「SCM」、そしてこれらを統合制御する「マネッティーノ」など、ハイテク装備を満載するフェラーリ599。

有機的に感じられることが示す実に独特な個性

まずは、「SPORT」を選び、トランスミッションも「オート」モードで走り始めてみる。

走り始める前に、キャビンスペースが広大なことに気付かされる。ボディ全幅が1965mmもあるから当然かもしれないが、612スカリエッティよりもドライバーとパッセンジャーとの間隔が広く感じる。

カーボンファイバー製フレームに革を貼ったバケットシートもタイト過ぎることはなく、絶妙に身体を受け止めてくれる。バックレストとステアリングホイールともに、広い範囲で電動調整が可能だから、最適なドライビングポジションもすぐに見付かった。走行性能に直接的に関係しない、こうした部分での改善が360モデナ以降のフェラーリでは著しいが、599も変わらない。

トランスミッションのモード切り替えボタンをはじめとして、ヘッドライトやエアコン類のスイッチなどの質感や工作精度、タッチなども大幅に向上している。

メーターパネルのデザインも斬新で、魅力的だ。正面には大径の黄色いダイヤルのエンジン回転計が据わり、右に360km/hまで刻まれたやや小径の黒ダイヤルの速度計。左側には、マネッティーノをはじめとするさまざまな情報を表示するマルチディスプレイモニター。大小の直径と、黄色と黒のコントラストが絶妙で、どのクルマとも似ていない。

久々に登場した12気筒をフロントに搭載した新しい2シーター・フェラーリ。ラグジャリーに仕立てられつつ「ベルリネッタ」の名に恥じず、速く走ることを最優先した環境だ。

ちなみに、日本では正式名称の「599GTBフィオラノ」と名乗らないのは、「GTB」の呼称を某日本車メーカーが商標登録しているためだ。生産を止めたスポーツクーペのバリエーション名だというのだが、GTBと聞けば、ほとんどの人はフェラーリを思い浮かべるだろう。本末転倒だ。

V12エンジンは、とても6Lの排気量があるとは思えないほど軽々と回る。12本のピストンとそれに付随する多くのパーツが猛烈な勢いで擦れ動いているはずなのに、その質量をまったくといっていいほど感じさせない。BMWの直列6気筒や、ホンダのVTECなど、気持ちよく回るエンジンは少なくないが、いずれも質量の存在を感じさせる点では変わらない。質量の動き方が整っているからこそ、気持ちよさを感じるわけだ。しかしこのF140Cは従来の「気持ちのいいエンジン」の範疇に収まっていない。質量の存在をほとんど感じさせない点では、まるで、精密機械用の電気モーターのようだ。

当然のように、おそろしく速い。踏めば即座に駆動力が発生し、加速させる。途中の過程をいくつか飛び越したかのように、加速していく。この感覚も、他のどんな超高速車とも似ていない。

アルミ製のスペースフレームは車両重量を1750kgに抑えることに成功したと同時に、アルミ独特の乗り心地をもたらしている。舗装のつなぎ目や段差などを乗り越えた時の鋭い反動だ。スチール製シャシや、アウディTTが採用した69%のアルミと31%のスチールを組み合わせたシャシなどでは、ショックをしなりによって吸収している。

599は、軽さとしなりの少なさを優先している。しなりの少ない反応はアルミ製スペースフレーム独特のもので好き嫌いもあるが、筆者は嫌いではない。

乗り心地の硬さは、ピレリ社が599のために専用開発した超扁平タイヤ「Pゼロ・プント」にも少なからず影響されているのではないだろうか。599用のサイズは、前245/40R19(オプションで245/35R20)、後305/35R20で、指定空気圧が前2.1バール、後2.0バール。空気圧が、他の超高性能車と較べると例外的に低い。にもかかわらず、620psを受け止めるためには、タイヤ本体を相当に硬くしなければならないのだろう。

空いたワインディングロードで「RACE」モードを試してみる。最初に体感できるのは、SCMサスペンションの働きだ。ダンパーに油圧ではなく、微細な磁性体を混ぜた液体を用い、電子制御している。アメリカのデルファイ社が開発したシステムで、キャデラックSTS、シボレー・コルベット、アウディTTクーペにも採用されている。中高速コーナーをクリアしていくと、「SPORT」モードよりも明らかにダンピングが強められたのを感じることができる。

しかし、ただ締め上げただけではなく、コーナーで踏ん張りつつも、遠心力と駆動力を巧みにバランスさせ、スムーズな加速に貢献しているのだ。感覚を持った生き物のようにダンピングが変化していく。勝手知ったコーナーを、これ以上ないくらいスムーズにコーナリングできた。

画像: 「フェラーリ599GTBフィオラノ」のモデル名は、599=エンジン排気量5999cc、GTB=Gran Turismo Berlinettaに、フィオラノ=フェラーリのテストコースに由来する。ただし、日本では商標登録の関係で、「フェラーリ599」となった。

「フェラーリ599GTBフィオラノ」のモデル名は、599=エンジン排気量5999cc、GTB=Gran Turismo Berlinettaに、フィオラノ=フェラーリのテストコースに由来する。ただし、日本では商標登録の関係で、「フェラーリ599」となった。

「頭脳」の設定方法にこそフェラーリの特質がある

STSやコルベット、TTクーペなどとはパフォーマンスや設定などが異なるので直接的な比較は意味をなさないかもしれないが、この磁気粘性流体を用いたサスペンションは599で初めて理想に近付いたのではないだろうか。デルファイのエンジニアは、これをやりたかったのか。

スムーズなコーナリングは、サスペンションだけによるものではない。「F1TRAC」も大きく貢献している。前輪と後輪の回転差を常に監視し、発生し得る最大グリップを事前に予測している。その情報とマネッティーノ内部の力学モデルとを比較しながら、エンジン出力を自動的に調整している。これによって、従来のトラクションとスタビリティだけを制御するシステムよりも加速性能が20%増加したと謳っている。

常に高速道路を抑え気味に走らなければならないほどの超高性能を599は持っているが、コーナーとアップダウンが連続するワインディングロードに乗り入れると、劇的に変身する。「RACE」モードを選べば、その変わり様はより鮮烈だ。変わり方も、スイッチによって特定の部分だけが変わるのではなく、路面状況やドライビングに合わせて、連続的かつ有機的に変容していく。部分が全体に、全体が部分に、互いに影響を及ぼしながら、走りっぷりを変えていく。草原でうたた寝をしていた豹が、遠くの獲物を視界の隅に捉えた瞬間、五感を研ぎ澄まし、四肢に力をみなぎらせるようだ。

マネッティーノは、599の神経系統と判断中枢を司っている頭脳そのものだ。V12エンジンも、トランスミッションも、サスペンションも、トラクションコントロールも、すべてはマネッティーノに従属する末梢器官にしか過ぎない。

F1マシンのエンジンとギアボックスが機械的にも電子的にも結合され、ひとつの有機体のようになっているのと同様に、スーパースポーツカーも有機体化している。現代のレーシングマシンと市販スポーツカーに用いられる技術そのものに共通するものはほとんどないが、技術と機能の連関の方法については相似してきた。599は、その典型であり、サスペンションを連関させている点において、F1マシンよりもより高度な要求に応えているのである。(文:金子浩久/Motor Magazine 2007年4月号より)

画像: 作りの良さを感じさせるモダンなインテリア。ステアリング上部で光っているLEDはエンジン回転数に応じて点灯するインジケーター(オプションのドライビングゾーンカーボンインテリアに含まれる)。6000rpmで左端が点灯、以降500rpmごとに最高回転数の8400rpmまで1つずつ点灯する。

作りの良さを感じさせるモダンなインテリア。ステアリング上部で光っているLEDはエンジン回転数に応じて点灯するインジケーター(オプションのドライビングゾーンカーボンインテリアに含まれる)。6000rpmで左端が点灯、以降500rpmごとに最高回転数の8400rpmまで1つずつ点灯する。

ヒットの法則

フェラーリ599 主要諸元

●全長×全幅×全高:4685×1965×1325mm
●ホイールベース:2750mm
●車両重量:1750kg
●エンジン:V12DOHC
●排気量:5999cc
●最高出力:620ps/7600rpm
●最大トルク:589Nm/5250rpm
●トランスミッション:6速AMT
●駆動方式:FR
●車両価格:3045万円(2007年)

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