エンジン回転数を上げた時、気持ちの良い走りができる
BMWの「駆けぬける歓び」を磨き上げ、その性能を究極まで引き上げたのがMモデルだ。見方を変えればもっともBMWらしいモデルだから、BMWのフラッグシップと呼んでもいいだろう。このMモデルを作っているのは、BMW AG(BMW株式会社)の100%子会社であるBMW M GmbH(BMW M 有限会社)であるが、ここでは通称であるM社と呼ぶ。
Mモデルを製造するのはBMWの工場だが、どんなスペックにするかはM社が決める。M社にはエンジンを設計、開発、試験、製造のエキスパートが揃っており、ボディやエアロパーツに関しても専属デザイナーがいて独自のものをプロデュース、個性の強いデザインで話題になったZ3クーペもM社のデザイナーの手によるものだ。そして、現在のMモデルの空気の流れや取り入れ口などは、オリジナルボディとはまったく異なるものとなっている。
M社は1993年にBMWモータースポーツGmbHから改名した。同時にイギリスにBMWモータースポーツCo.Ltd.を設立し、モータースポーツ用エンジンの開発はそこが担当している。これによりM社が直接モータースポーツに絡むことはなくなり、Mモデルのプロデュース、インディビジュアルの製作、BMWドライバートレーニングの運営が3本柱になっている。
Mモデルのコンセプトは「レーシングマシンを一般道で愉しむこと」。具体的に言うとノーマルアスピレーションの高回転型エンジンを搭載し、アクセルペダルを踏み込んでエンジンの回転を上げていった時に気持ち良く走れるようにしてある。これは直6もV10も、過去も含めてV8にも共通する。
この気持ち良さは単に数字で表せる性能だけではなく、感性に訴える部分のチューニングも凄い! それがMモデルの味付けである。感性に訴えられるのはエンジンの音と振動の作り方がうまいからだ。
直6は同じ車速、同じギアでもアクセルペダルの踏み方でエンジン音が変わる。高回転になるとドライバーの耳にもエキゾーズトノートが響いてくるが、この音は単に回転数だけでなく、アクセルペダルを踏みこんでいる時と戻し気味の時とでは音が変わってくるところに特徴がある。ドライバーがどれくらいパワーを要求しているかが助手席でもわかるから、一緒にスポーツドライビングを楽しめる。クォーと吸気音が聞こえるのは加速している時である。これは吸気音をチューニングして聞かせているから。ここは日本車がまだ手を出していない領域だ。
ドライバーが感じる振動はもっと官能的かもしれない。特にM3やZ4Mモデルの場合、回転数が高くなるほど振動がなくなるという直6が持つダイナミックバランスの良さを生かして、ドライバーが回転を上げたくなるエンジンに仕上げている。ノーマルの直6がアルミ合金からマグネシウム・アルミニウム合金シリンダーブロックへと進化しているなか、M社の直6がいまなお鋳鉄ブロックに拘っているのも、こうした官能的なフィールを出すためのバックアップになっている。
Mモデルにはフロントフォグランプは装備されない。バンパー下部のフォグランプの場所には空気採り入れ口が開いている。この空気採り入れ口はフロントブレーキの冷却用ではなく、実はエアロダイナミクス用である。フェンダーの中に空気の流れを作ってエンジンルームから空気を吸い出し、さらにはフェンダー内の乱流を抑え空気抵抗を減らすことが目的だ。確かにフェンダーの裏側を見るとブレーキに繋がるダクトはなく、フェンダーの内側に空気の出口があるだけだ。
ブレーキといえば、BMWはMモデルも含めて対向ピストンではなく片持ちのフローティングタイプを使っている。一般的には対向ピストンの方がブレーキは利くと言われており、片持ちはコストダウンのために使われるが、M社では性能を上げるために片持ちを使っている。
その理由は対向ピストンの場合にはキャリパーの左右を繋ぐ部分=ブリッジの厚みが必要になるからだ。ブリッジに厚みがあるとディスクローター径を小さくしなくてはならない。さらにウインタータイヤを履く時にはインチダウンするから、そのサイズでもギリギリ大きくできるものを選んでいるのだ。ローター径は大きいほどストッピングパワーは強くなる。高性能車だからこそ、ローター径を大きくするためにキャリパーは片持ちなのである。また片持ちはフロントタイヤ周りのジオメトリーを最適にする目的もある。対向ピストンでキャリパーの外側に厚みがあるとローターの位置を内側にしなくてはならない。タイヤとローターの位置関係のズレはブレーキングでのハンドル取られの原因になる。それをホイールデザインから回避しようとすると強度や重量でメリットを出せないのだ。
見えない部分でも安易なコストダウンはしない
エアロダイナミクスに話を戻して、Mモデルの床下の話をしたい。BMWのフロントとリアのアクスル付近のアンダーカバーはえぐれるような形になっているが、前後でダウンフォースを稼ぐためMモデルではそれが強調されている。そして床下の空気の流れが速くなったあたりで、フロントアンダーカバーとフロアパネルの隙間から、エンジンルームを通過する冷却風を吸い出す効果を出し、キャタライザーをオーバーヒートさせない空気の流れを作っている。
さらにM5、M6の場合、よりハードなドライビングに対応させるため、クラッチやトランスミッションの冷却性を向上させる対策も施してある。2つのNACAダクトを追加して、エンジンルームの空気の吸い出しとクラッチとトランスミッションの冷却を効果的にできるように工夫している。
中央のひとつのダクトも冷却用だ。ここから空気を採り入れてトランスミッションのオイルクーラーやハイドロリックユニット部に冷却風を誘導している。この中央ダクトの前、2つのNACAダクトの間に後方に広がったハの字型フィンの存在が気になる。実はこれは床下の空気の流れをコントロールしているのだ。
トランスミッション後部からの冷却風吸い出しと、ダクトから導入される空気量のバランスを取って、結果的にはトランスミッションオイルクーラー冷却用ダクトに効果的に冷却風を導入できるようにしている。このフィンは床下の整流板だ。
アンダーカバーの材質も通常とは異なる。6シリーズやM5、M6にはスーパーライトと呼ばれる強度があり軽量なファイバー強化樹脂が採用されている。細部を詳しく見ると、燃料タンクのエッジを加工してあり、サスペンションのボルトに当たる風を整流する突起もある。M3ではプロペラシャフトのジョイントからデフを冷却するためのダクトの存在に気づく。この芸の細かさは趣味の世界に入り込んだ個人の作品という気がする。
ただ残念なのは日本のナンバープレートだ。M6の場合は、前後とも空気の流れを妨害する場所に大きなナンバープレートが掲げられているから、EUナンバーのM6ほどエアロダイナミクスは良くないだろう。
それでもM5とM6を比べてみると、M6は絶対的に空気抵抗を小さくし、重量も軽くして、走りを良くしているのが感じられる。M5との重量差は60kgだが、軽快感が違う。それはカーボンを効果的に使っている恩恵だろう。目立つところではルーフがカーボン製だ。これで重心点を下げることができる。もうひとつは前後のオーバーハングにあるフレームとバンパーのステー部分がカーボンでできている点だ。これによってオーバーハングの重量が減り、ヨー方向の慣性モーメントが小さくなり軽快感が出ている。
Mモデルではフロアレベルも強化している。これは横曲げ剛性をアップするためだ。ハンドルを切り始めた時にノーズがそれに従って動くためには、ここがポイントになるからだ。しっかりしたボディは必要だが、乗り心地だけでなくハンドリング性能も損なわれることになるから、あまり剛性が高過ぎても良いわけではない。Mモデルに乗ると乗り心地が良いという印象を持つ人が多いのも、そんなボディ剛性のコントロールのうまさがあるからだ。
ちょっと飛ばしたくらいではびくともせず、しっかりとタイヤが路面をつかんだまま走ることができる安心感。サーキットで攻めグリップ限界を超えそうな時にも、クルマの挙動変化はいたって穏やかで扱いやすい。このあたりの作り込みのうまさが、Mモデルを大人のクルマに仕上げているのだろう。(文:こもだきよし/Motor Magazine 2007年6月号より)
BMW M5 主要諸元
●全長×全幅×全高:4870×1845×1470mm
●ホイールベース:2890mm●車両重量:1880kg
●エンジン:V10DOHC
●排気量:4999cc
●最高出力:507ps/7750rpm
●最大トルク:520Nm/6100rpm
●トランスミッション:7速AMT(SMG)
●駆動方式:FR
●車両価格:1330万円(2007年)
BMW M6 主要諸元
●全長×全幅×全高:4870×1855×1370mm
●ホイールベース:2780mm
●車両重量:1820kg
●エンジン:V10DOHC
●排気量:4999cc
●最高出力:507ps/7750rpm
●最大トルク:520Nm/6100rpm
●トランスミッション:7速AMT(SMG)
●駆動方式:FR
●車両価格:1560万円(2007年)
BMW M3 CSL 主要諸元
●全長×全幅×全高:4492×1780×1365mm
●ホイールベース:2729mm
●車両重量:1550kg
●エンジン:直6DOHC
●排気量:3245cc
●最高出力:360ps/7900rpm
●最大トルク:370Nm/4900rpm
●トランスミッション:6速AMT(SMG)
●駆動方式:FR
●車両価格:1150万円(2003年)