2007年のフランクフルトモーターショーでデビューしたポルシェ カイエンGTSは、上陸前から日本のファンの間で大きな話題を呼んだ。そこでMotor Magazine誌では国際試乗会の速報に続いて、2008年2月号では特別企画を組んで、カイエンGTSの魅力はどこにあるのか徹底的に検証している。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2008年2月号より)

カイエンSでもカイエンターボでもない、もうひとつのカイエン

カイエンGTSのポルトガルでの試乗会から帰ってきたことを伝えると、詳しく話を聞かせてよと、友人夫妻が膝を乗り出してきた。

夫婦ともに40代で、先代メルセデス・ベンツEクラスに乗っている。子供が手を離れ、妻が最近、仕事に復帰したそうだ。都内に住んでいて、クルマは仕事や買い物などの妻の毎日の足としても、休日の夫のゴルフ行にも使われるから、けっこう走行距離は伸びている。

夫も妻も、「いいもの」に弱い。911やボクスターは、もちろんよく知っているが、スポーツカーを買って乗るほどのクルマ好きではない。

カイエンGTSが、カイエンSより車高が24mm低められ、フロントとリアのエクステリアデザインがカイエンターボと同様のものとなり、大迫力の21インチタイヤが標準装備されることなどを話すと、いっそう、身を乗り出してきた。

「エンジンは変わらないのか?」夫が訊いてきた。

カイエンGTSについての筆者の簡単なレクチュアが続く。カイエンGTSのエンジンは、カイエンSのものを20psアップさせ、405psものハイパワーを発揮している。併せて、トランスミッションの最終減速比をローギアード化しているから、ダッシュは鋭いものになるだろう。

「で、日本だといくらになるの?」妻は、値段が気になるようだ。

トランスミッションとサスペンションの組み合わせで4パターンを選べることになるけど、一番安い6速MT+コイルサスペンションの組み合わせで、1020万円から。

「まあ」でも、ダンナはさっきよりも真剣な顔付きになった。「オフロードになんか行かないから、そのGTSってのは気になるね。車高が低くて、タイヤもオンロード用なんでしょ? だったら、4ドア5人乗りのポルシェは、がぜん欲しくなるな」わが友人のような望みをカイエンに抱いていた人は、世界中に少なからず存在していたのではないか。

画像: ポルトガルの南西端にほど近い地を快走するカイエンGTS。オンロードでのパフォーマンスをより明確とすることによって、SUVという存在に対する抵抗感を持っていたユーザーに対する説得力も強まった。

ポルトガルの南西端にほど近い地を快走するカイエンGTS。オンロードでのパフォーマンスをより明確とすることによって、SUVという存在に対する抵抗感を持っていたユーザーに対する説得力も強まった。

販売台数が増えることで成功の余地が大きくなる

「カイエンSとカイエンターボの間に、もうひとつモデル設定の余地があることが、我々の顧客調査から判明したことが、カイエンGTSを生み出すキッカケとなりました」試乗会のプレスカンファレンスで、販売面での責任者ステファン・マーシャルは明らかにした。

現在、カイエンはライプチヒの工場で一日180台が生産されている。生産が需要に追い付かないほどで、累計では過去4年間に15万台以上が販売された。当初の販売計画では8万台だったわけだから、2倍近い台数を販売したわけである。

デビュー時には、カイエン ターボとカイエンSのV8エンジン搭載モデルで始まったラインアップも、1年後にV6エンジンのスタンダード版「カイエン」を発表し、3年後には最強力版の「カイエン ターボS」を追加した。

人気モデルの需要が高まると、絶妙のタイミングでバリエーションモデルをハメ込んでくる。いつもながら、こうしたポルシェの戦略は巧妙だ。「販売台数が増える」ということは、それだけユーザーの使い途や好みの分布が広がるということだから、バリエーションモデルを投入して成功する余地が増えることにつながってくる。

だから、GTSのようなオンロード指向の強いスポーティ版も生まれ、じきに「カイエン ハイブリッド」まで発表すると、ポルシェは公言しているのだ。

反対に、もしも、予定販売台数に達していないようなことになっていたら、GTSはおろか、ターボSやさらにはV6モデルの投入さえも見送られていたのかもしれない。世界中で大ヒットを続けているカイエンシリーズあってこそのGTS、と言えるだろう。

ポルシェは、2007/2008営業年度において、GTSを年間5000台販売する予定だという。

画像: 21インチタイヤとリップを装備して拡幅されたホイールアーチとの狭い間隔が印象的なカイエンGTSのリアビュー。スポーツエグゾーストシステムの証であるデュアルチューブはクロームメッキ仕上げ。

21インチタイヤとリップを装備して拡幅されたホイールアーチとの狭い間隔が印象的なカイエンGTSのリアビュー。スポーツエグゾーストシステムの証であるデュアルチューブはクロームメッキ仕上げ。

最もオンロード指向の強いモデルがその幅を広げる

「カネコが夏に出ていたラリーレイドで乗ったカイエンとは関係はないのか?」

まったく、関係ない。「カイエンS トランスシベリア」は、2007年8月に行われた「トランスシベリア2007」というラリーレイド用にヴァイザッハのモータスポーツセンターで26台製作された競技用スペシャルだ。ウインチや2本のスペアタイヤ、各種の工具や2張りのテントなどを収めるためにリアシートが取り外され、軽量化のために遮音材やトリムなども取り払われている。

似ているのは、トランスミッションの最終減速比が下げられていることで、トランスシベリアが4.11なのに対して、GTSは4.10。インテークシステムのY字型エアガイドの径を76mmから82mmに拡大し、スロットルバタフライへのエア供給量を増やして向上させた20psはGTSだけのもので、トランスシベリアはカイエンSと同じ385psに留まる。

トランスシベリアのトランスミッションが6速ATのティプトロニックSだけなのに対して、GTSは6速MTも選べる。トランスシベリアはエアサスペンションを装備し、「PSM」「PASM」「PDCC」など、各種のスタビリティコントロールやサスペンション、アクティブスタビライザーなどの電子制御デバイスなども組み込まれている。

トランスシベリアの0→100km/h加速が6.8秒と、GTSのティプトロニックS付きよりも0.3秒遅いのは、エンジンパワーやタイヤの違いによるものだろう。トランスシベリアのタイヤは、255/55R18Tサイズのダンロップ「デュラトレック」というオフロードタイヤだ。

0.3秒の加速タイム以上に、両車を運転して得られる印象は大きく異なっている。トランスシベリアは市販車ではないので、直接に比較することはできないが、最もオフロード指向の強いカイエンがトランスシベリアで、最もオンロード指向の強いカイエンがGTSだと仮定してみれば、ラインアップ全体を見渡すことができるだろう。

まず、トランスシベリアはとてもうるさい。遮音材と内装材を取り払っているので、エンジンやトランスミッション、タイヤノイズなど、あらゆる音が車内に侵入してくる。トランスミッションを通じて、ディファレンシャルの歯車が噛み合う音まで聞こえてくる。エンジンのいい音もノイズも一緒に入り込んでくるものだから、これまで乗ったどのカイエンからも遠い印象にある。音の質と大きさでこうまで印象が違うものかと、今さらながらライプチヒのトレーニングで気付かされた。

タイヤの印象も、クルマの印象を決定付ける。大きなブロックが並ぶデュラトレックで舗装路を走ると、明らかに場違いなノイズを発し、ハンドルに伝わってくるインフォメーションも一定しない。クルマの挙動と路面の様子が、局面ごとに姿を変えてしまうのだ。それは、別の言い方をすれば対応力の幅が広いということになるので、ロシアとモンゴルのさまざまな道路とフィールドを走らなければならないカイエンSトランスシベリアにとって、ふさわしい設定だと言えた。

カイエンGTSは、まったく対照的だ。静粛性については、他のカイエン同様、とくに気に障るようなところはない。トレッドパターンが、よりオンロード向きのミシュラン「ラティテュード スポルト」を履いていることもあって、ロードノイズはカイエンシリーズの中で最も低い。

ラティテュード スポルトは、構造的な剛性が高く、サイドウォールの上下方向の動きが少なめだ。オフロードもしくはオールシーズンタイヤを履いたカイエンよりも、加減速とコーナリングでの姿勢変化が小さい。あらゆる動きが、他のカイエンらに較べて、引き締まっている。

路面が凸凹だったり、滑りやすかったり、傾斜の強いところを走らなければならないオフロード走行に備えるために、今までのカイエンはそれにふさわしい、よく動く足まわりとよくたわむタイヤを持っていた。それが、SUVというものだからだ。

しかし、GTSはそういったSUV的な要素を減らしているから、オンロードをハイペースで走っていると、図体の大きなスポーツカーを運転している錯覚に囚われてしまう。あらゆる動きがシャープなのだ。

運転も、ダイレクト感に富んでいる。カイエンに限らず、こんなに俊敏な走りっぷりを持つSUVを、他に知らない。他に似ていないということでは、トランスシベリアとGTSは、カイエンシリーズの中でも、極右と極左に位置している。速く走るという目標に対して、トランスシベリアがズームレンズを広角側に回すように速く走れる範囲を広げていくのに対して、GTSは望遠側にシフトするかのように目標に向かって鋭く突き進んでいく。共通しているのは、パワフルでドライバビリティに優れたV8エンジン、剛性感あふれるガッシリとした建て付けのボディ、強力無比なブレーキ、良好な視界とドライビングポジション等々だろうか。

画像: ダッシュボードなどのトリム類は光沢アルミニウム製。レザーインテリアが標準装備で、各所にアルカンターラが採用される。トランスミッションは6速MTと6速ATの両方を設定。

ダッシュボードなどのトリム類は光沢アルミニウム製。レザーインテリアが標準装備で、各所にアルカンターラが採用される。トランスミッションは6速MTと6速ATの両方を設定。

辛口なものをあえて選ぶ、相反する要素の実現

MTかATか、コイルスプリングかエアサスペンションかを組み合わせると、GTSには、4通りの仕様が存在する。どれを選ぶかも「楽しい悩み」なのだが、サスペンションはコイルスプリングで決定だろう。オフロードを走らないのなら、エアサスペンションによる車高調整機能は必要ないからだ。快適な乗り心地は捨てがたいが、そこは辛口でまとめたいGTSだからなおさらだ。GTSでは、カイエンで初めてコイルスプリング式サスペンションにPASMを組み合わせることが可能になった点からもコイルを選びたい。

MTかATは、使い途や好みによるところだ。どちらも出来がいいので悩むところだが、個人的には、より辛口なMTをトライしてみたい。日本車と輸入車を問わず、カイエンがMTを選べる数少ないSUVでもある。

カイエンの本質を表現するキーワードは「シームレス」だと思う。そして、カイエンGTSの本質もまた、「911やボクスターと共通する俊敏な走りのキャラクター」と「4ドア5座の高い実用性」という、一見、相反する要素を境目なくつなげ、一台のSUVに仕立て上げているところにある。(文:金子浩久/Motor Magazine 2008年2月号より)

画像: 吸気系の一新でカイエンS用より20psアップの最高出力405psを発生する4.8L V8。発生回転数も300rpm高い6500rpmとなった。

吸気系の一新でカイエンS用より20psアップの最高出力405psを発生する4.8L V8。発生回転数も300rpm高い6500rpmとなった。

ヒットの法則

ポルシェ カイエン GTS 主要諸元

●全長×全幅×全高:4795×1957×1675mm
●ホイールベース:2855mm
●車両重量:2225kg(EU)
●エンジン:V8DOHC
●排気量:4806cc
●最高出力:405ps/6500rpm
●最大トルク:500Nm/3500rpm
●駆動方式:4WD
●トランスミッション:6速MT[6速AT]
●最高速:253km/h[251km/h]
●0→100km/h加速:6.1秒[6.5秒]
※欧州仕様

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