太い低速トルクがゴルフらしい走りを生む
昨年2007年2月にゴルフGT TSIに初めて導入されるや大ブレイク。その後、ラインアップを次々と拡大して、あっという間にフォルクスワーゲンのエンジンの主力の座を占めるようになったTSIユニットが、また1台、搭載車を増やすことになった。新たに仲間に加わったのはゴルフTSIコンフォートライン。従来のGLiと置き換わる形での登場である。
ゴルフGLiと言えば、かつてはゴルフの中でも中心的な位置を占める存在だったが、ここ最近は、もちろん販売台数としては依然として大ボリュームを占めてはいるものの、存在感としてはやや陰が薄くなっている感が否めない。
まず現行型ゴルフVの導入当初、予想以上に売れたのは最上位モデルのGT。GLiのバンパーモールがブラックだったのに対して、GTのそれはフルカラードだったことなどが大きく影響したと言われている。その後、GLiやEもフルカラードになるのだが、すると今度は衝撃的なGTIがデビュー。さらにダメ押しとしてGT TSIが投入され、バックオーダーを抱えるほどの人気を呼ぶことになる。かつての主役は、こうしてちょっと埋没してしまったわけだ。
はたして、この新しいTSIコンフォートラインも、初対面の印象は大人しいというか、ハッキリ言うと地味なものだった。穏やかな顔つきや15インチのタイヤ&ホイールという外観には、従来のGLiとの違いはなく、唯一識別できるのはTSIのエンブレムくらいなのだから、それも当然である。
しかし当然、エンジンルームの眺めは別物だ。そこに収められているのは、排気量1.4Lの直噴ガソリンエンジンにターボチャージャーとスーパーチャージャーを組み合わせた、いわゆるTSIツインチャージャーユニット。ただしスペックはGT TSIとは異なっており、最高出力140ps/5600rpm、最大トルク22.4kgm/1500〜4000rpmとなっている。GT TSIとの30ps、2.1kgmの差はメカニズム的なものではなく、エンジンコントロールユニットの制御の違いによってつけられている。すでにゴルフトゥーランに搭載されているものだと言った方が話が早いかもしれない。
トランスミッションはGT TSIと同じ6速DSG。パドルシフトは備わらない。ただし、シフトレバー自体のデザインはGLiの6速ATと同じなので、室内の眺めはほとんど変わりはないと言っていいだろう。
その走りは予想通り非常に穏やかで尖ったところがない。セレクターレバーをDレンジに入れて右足に力を入れていくと、それほど深く踏み込むまでもなく、スルスルと車速が上がっていく。これは充実した低速トルクの賜物だ。もちろん必要とあらば、アクセルペダルをさらに踏み込んでパワフルな加速を味わうこともできる。しかし回転上昇を楽しめるのはせいぜい5000rpmあたりまで。その先も回るには回るが、伸びは明確に鈍る。しかし、そもそも余程のことがない限り、そこまで回す必要を感じさせることはない。
組み合わされるDSGも、そのエンジン特性をフルに引き出してくれる。街中ではDレンジでも2000rpm前後でどんどんシフトアップしていくが、決してかったるくなどなく、むしろ軽快感すら得ることができる。しかも、ますます進化したDSGは、低速走行時にもまったくギクシャクすることがない。トルコンATと比べてもまったく遜色ないその滑らかさは、そのエンジン特性と合わせて、走りの上質感を引き上げるのに大いに貢献している。
高回転域での爆発力はないが、乗り心地はしなやかで快適
では、その走りはGT TSIとどれだけ違うのか。制御系の変更だけでどれほどの差が出るものなのか。実際にその場で乗り較べてみると、その差は想像以上に感じられた。
低速域のトルク感には大きな違いはない。何となくGT TSIの方が逞しく感じられるのは、低音を強調したエグゾーストノートのせいもありそうだ。差が際立つのは4000rpmあたりから上の領域で、TSIコンフォートラインが淡々とフラットなトルクを発生するのに対して、GT TSIの170psユニットはさらに吹け上がりの勢いを増して、嬉々として回転計の針を跳ね上げる。そして、そのまま踏み続ければ、140ps仕様より500rpm高い7000rpmに設定されたレッドゾーンを軽く飛び越える勢いで一気に高みに到達するのだ。
このレスポンスは小排気量ユニットだからこそ実現できたもの。実際、エンジンの吹け上がりに関して言えば、個人的にはGTIよりスポーティと思えるほどだ。GTIが積む最高出力200psの2L直噴ターボユニットは、低速域から高速域まで全域で分厚いトルクを発生し、またどこからどう踏んでもパンチが強力。動力性能で言えば、やはり断トツなのは間違いない。また、エグゾーストノートはさらに野太く、やはりこちらも間違いなく気分を昂らせるエンジンではある。
しかしサスペンションのまとまりは明らかにGTIの方が上だ。短いストローク中でもダンピングが効いていてハンドリングは正確。不快な揺り戻しがない分、乗り心地だって悪くはない。それに較べるとGT TSIは、17インチのタイヤ&ホイールの重さを感じさせる。時折り感じるガツンッという突き上げや、掌に伝わる路面感覚の曖昧さはここから来ているのだろう。
予想以上に好印象だったのはTSIコンフォートラインのフットワークだ。乗り心地は当然もっとも快適。サスペンションはしなやかな設定で、時に上屋が動き過ぎにも思えるものの、それでも大小問わず入力をやんわりと受け止め、そしてきれいにいなす乗り心地は、長時間の運転も苦にさせない。
それでいてペースを上げても反応は上々。確かにコーナリングスピードは高くはないし、最終的にはアンダーステアが強まる。しかしロールスピードは適切で挙動は掴みやすく、掌に伝わるグリップ感も素直で、とてもコントローラブルなのだ。限界の高さはそこそこだから積極的に遊べるし、クルマに乗せられるのではなく自分で操っているという気分を存分に満喫できる。そんなフットワークに仕上がっている。
合理性を突き詰めた実用車だが、いざとなれば走りも楽しめる
コントローラブルなのは、そのエンジン特性のおかげでもある。どの回転域でもフラットにトルクを発生するため、ギア比が合わないコーナーでもほとんど失速することはないし、アクセルコントロールも容易。欲しい時に欲しい分だけの力を取り出すことができる。実はGTIやGT TSIでは、特に高齢のユーザー、女性ドライバーなどから、思っている以上に力が湧き出して運転が難しいという声もあったのだという。そういう人にとっても、TSIの旨味である豊かな低速トルクと燃費を得ながら、穏やかな特性に仕上げられたこのエンジンは、まさに待望のものに違いない。
こうしてTSIコンフォートラインを味わっているうち、ふと思ったのは、これこそまさに皆が思い描くゴルフの姿そのものじゃないかということである。合理性を突き詰めた実用車の鑑のような存在でありながら、卓越したシャシ性能を有し、いざとなれば走りを本当に楽しめる。しかもTSIユニットには賢者の選択といった雰囲気もある。昔よりはるかに洗練されてはいるが、そうした往年のゴルフに通じる雰囲気を、このTSIコンフォートラインは確かに漂わせているのだ。
スポーティだったり豪華だったりと華やかなモデルに囲まれると、至って地味に映るのも事実。基本的に同じエンジンで、こうして作り分けをする必要があるのかと思わせもする。しかし実際に触れてみると、そこには確かな個性と存在意義、そして魅力があった。
今後、最高出力122psのシングルチャージャー、つまり1.4L直噴ターボユニットに7速DSGを組み合わせたモデルが投入されれば、その時にはまた違う判断が求められるかもしれないが、少なくとも新しい仲間を加えた現時点でのTSIのラインアップは、幅広いニーズにうまく応えるものとなっている。そして今、ベストゴルフはどれかと聞かれたならば、僕は躊躇なく、このTSIコンフォートラインを選ぶだろう。(文:島下泰久/Motor Magazine 2008年3月号より)
フォルクスワーゲン ゴルフTSI コンフォートライン 主要諸元
●全長×全幅×全高:4205×1760×1520mm
●ホイールベース:2575mm
●車両重量:1390kg
●エンジン:直4DOHCツインチャージャー
●排気量:1389cc
●最高出力:140ps/5600rpm
●最大トルク:220Nm/1500-4000rpm
●駆動方式:FF
●トランスミッション:6速DCT(DSG)
●車両価格:289万円(2008年)
フォルクスワーゲン ゴルフGT TSI 主要諸元
8●全長×全幅×全高:4225×1760×1500mm
●ホイールベース:2575mm
●車両重量:1410kg
●エンジン:直4DOHCツインチャージャー
●排気量:1389cc
●最高出力:170ps/6000rpm
●最大トルク:240Nm/1500-4750rpm
●駆動方式:FF
●トランスミッション:6速DCT(DSG)
●車両価格:312万円(2008年)
フォルクスワーゲン ゴルフGTI 主要諸元
●全長×全幅×全高:4225×1760×1495mm
●ホイールベース:2575mm
●車両重量:1460kg
●エンジン:直4DOHCターボ
●排気量:1984cc
●最高出力:200ps/5100-6000rpm
●最大トルク:280Nm/1800-5000rpm
●駆動方式:FF
●トランスミッション:6速DCT(DSG)
●車両価格:352万円(2008年)