マルチリンク式サスペンションを最初に謳った「190E」
独立懸架式で高性能と考えられていたのが、ダブルウイッシュボーン式と言って良いだろう。基本的な形式は上下のAアームがボディとハブナックルを繋ぎ、トーの位置決めはコントロールリンクで支持するもので、剛性の高さと走行時の接地性に長けている形式だ。
ただ理想を求めるとまだ先があり、それを実現したのがマルチリンク式と言える。ダブルウイッシュボーン式の構造は、マルチリンク式を簡略した形だ。かつて技術的に難しかったものが、開発力の進化によって登場してきたわけだ。
最初にマルチリンク式を謳ったのは、1982年に登場したW201型メルセデス・ベンツ 190Eのリアサスペンションだった。これは2本のロワアーム、2本のアッパーアーム、1本のトレーリングアームで構成される。一見してそれぞれのアームに規則性はない。2本のロワアームも平行ではなくばらばらに見える。こうなったのはゴムブッシュの変形も含めて走行時のサスペンションの動きを考えて最適化した結果だ。
サスペンションの結合部に採用されるゴムブッシュは、その弾性をネックとする。材質がソフトであれば乗り心地も良くなるが、その反面アライメントの変化が走行安定性に影響を及ぼしてしまうため、妥協点が難しいのだ。
マルチリンク式のアーム配置はその弾性をあらかじめ考慮に入れ、アライメント変化を最小限に抑えるように配置されている。190Eのリアサスペンション構造でポイントとなるのは、外力を受けてもトー変化を抑えられることで、安定した走りに影響している。
国産車では、セミトレーリングアーム式に変わるリアサスペンションとして、日産 シルビア(S13型/1988年)に採用された。このマルチリンク式では、タイヤの能力を十分に発揮できるように、コーナリングに際してもタイヤが路面に対して直立し、進行方向に対するタイヤの向きも最適化することで操縦性を高めた。
のちに日産は、リアだけでなくフロントにもマルチリンク式を採用した「4輪マルチリンク」を1989年にR32スカイラインで世に送り出した。その後も三菱やマツダなど各社が独自の工夫を凝らしたマルチリンク式を投入してきたが、そのいずれも考え方は「ダブルウイッシュボーンを基本として、ブッシュの変形を踏まえてアライメント変化を最適化する」というもので共通している。(文:Webモーターマガジン編集部 飯嶋洋治)