伊豆最古にして最新の温泉リゾート
伊豆縦貫道のおかけで伊豆半島へのアクセスが便利になって久しい。河津、下田まで延伸されるというから、さらに伊豆は近くになりそうだ。
伊豆といえば温泉を想起する方も多いはずだが、伊豆最古といわれる温泉をご存じだろうか。月ヶ瀬ICを降り、戸田方面へと抜ける街道にひっそりと存在する吉奈温泉(よしなおんせん)だ。高僧行基が開山した善名寺があることから、温泉も行基が発見したと伝わっている。
ここに桃源郷のような宿がある。「東府や Resort&Spa-Izu」だ。桃源郷といったのは、表からは想像もできない別世界がそこにあるから。重量感ある入口の建物は品位ある風情を伝えているが、規模を知らなければ集落に寄り添う小さな宿程度にしか見えない。しかし、敷地は東京ドームほぼ2つ分、約3万6000坪と広大なもので、敷地内には吉奈川が流れ、富士山を遠望する散策路もある。
最初に足を踏み入れた建物はライブラリーや暖炉を備えるロビーラウンジの玄関棟であり、清流を渡る廊下=香風橋を抜けると宿泊棟が現れる。そこには江戸時代の茅葺の建物や大正期の建造物をはじめ、和を意識した現代の建物が点在しており、昔ながらの集落や立派なお屋敷の中に迷い込んだかのような世界が広がっているのだ。
客室数は30室。本館、西館そして蔵をモチーフにしたモダンな離れ、ヴィラスイートからなり、そのうち23室には客室露天風呂が備わる。各部屋は日本の美を伝える設えとモダンな快適性を持ち、どこにいてもせせらぎの音が心地よく響く。春のお薦めは桜を望む西館だそうだ。
大正モダンや昭和初期の華やかさを残す佇まい
温泉は露天風呂、内風呂、予約制の貸切風呂がそれぞれ2、計6つの湯で楽しめる。とくに子宝の霊泉として知られる「行基の湯」は、徳川家康の側室、お万の方が浸かった温泉だ。
お万は水戸光圀の父である水戸中納言頼房や8代将軍吉宗の祖父 紀州大納言頼宜を産んだ人物である。その縁あって宿名は徳川家の本拠地、静岡の駿府からみて東にあることから「東府」と名付けられたという。なお、下田の唐人お吉も逗留したほか、志賀直哉や若山牧水、高倉 健など数々の文化人が通った宿でもある。
宿の中心的な存在となっている施設が宿泊客のラウンジ兼ダイニングとなっている「大正館 芳泉」だ。かつて明電舎の迎賓館だったもので、設えは大正モダンや昭和初期の華やかさをいまに伝えていている。木造ながら柱の少ない広い空間を持ち、建築物としても見応えがある。
その対岸には以前はプールだった場所に、宿泊客以外でも利用可能な足湯を備えた「Bakery&Table東府や」が建ち、自由に使える芝生の広場も。さらには少し離れた場所に「豆乳工房カフェテラス」もあり、散策には事欠かない。これらも街道からは見えず、鄙(ひな)びた里山の風情を残す小さな温泉場だが「えっ!?」と思わず声をあげてしまうほどモダンでスタイリッシュな施設である。
最古にして最新の温泉リゾートとでも表現しようか、美しい和の世界を驚くような意外性をもってゲストを楽しませる宿である。(文:小倉 修)