ポルシェの今後のクルマ作りの姿勢を占う1台
『スパイダー』を名乗るポルシェ車が、数あるバリエーションの中にあっても「特別な存在」であることは、歴史が証明している。
現在もポルシェが本社を構えるドイツ・ツッフェンハウゼンの工場から生み出された初のレーシングスペックを備えたスポーツカー『550スパイダー』に、3.4kg/psというウエイト/パワーレシオを生かして数々のレーシングシーンで勝利を飾った『718RS 60スパイダー』。さらに、わずか385kgという車両重量のボディに274psを発する水平対向8気筒エンジンを搭載したヒルクライム用マシンの『909ベルグスパイダー』などなど、この名が与えられた幾多のモデルは、まさにヘリテージ(=遺産、継承物)と呼ぶに相応しい名声を後世へと伝えているものだ。
そんな観点からすれば、2009年末のロサンゼルスオートショーでワールドプレミアが行われた最新のスパイダー=ボクスタースパイダーもまた、ポルシェの歴史に新たな1ページを刻むことを約束された1台と言ってよい。
同社自らが「ボクスターファミリーの3番目のメンバー」と紹介するこのモデルは、オープンエアでの走りのシーンによりフォーカスしつつ、史上最もスポーティなボクスターを狙ったもの。そして、そうしたキャラクターを実現させるための主な手法として「徹底した軽量化」を選択したという点もとても興味深いものだからだ。
そもそもライバル各車に対して大幅に軽いことが、これまでもポルシェの各スポーツカーに共通してきた大きなアドバンテージ。そうしたポルシェ車ならではのクルマ作りのスタンスは、昨今の時代の要請を受けてますます加速していくことは間違いない。
すなわちこのモデルは、単なる「ホッテストボクスター」というだけではなく、この先、ポルシェのクルマ作りの姿勢を占う点でも注目の内容を秘めたモデル。台数限定仕様ではなく、カタログモデルとして用意されたという点にも、そうした思いを感じさせられる。
ベースとなるボクスター比で80kgもの軽量化を実現
かくして、これまでのボクスターの特徴でもあったZ型に折り畳まれるルーフシステムを脱ぎ捨て、トップ部分と樹脂製リアウインドウを含めた後方部分の「ウエザープロテクター」という2ピースからなる手動脱着式のルーフシステムへと置き換えることでまずは21kg。911ターボ/GT3譲りのアルミ製ドアを手に入れることで15kg。通常のスポーツシートをゼロコストで選択できる余地を残しつつ、薄型のスポーツバケットシートを標準採用することで12kg・・・と、様々な部位で軽量化策を取り入れ、手にしたトータルでの減量効果はボクスターS比で80kg。
ここには、エアコンをオプション扱いにしたことによる13kgという数字も含まれるものの、「さすがにそれは現実的ではない」と改めてそれをチョイスし直しても、軽量化の効果はおおよそ大人1人分に相当する。
そんな結果の車両重量は、DIN計測法で6速MT仕様が1275kg、PDK仕様が1300kg。これは現在のポルシェ・プロダクションモデルの中にあっても最軽量のデータで、そこにケイマンSから譲り受けた最高320psを発するエンジンを組み合わせたことで、ウエイト/パワーレシオはほぼ4kg/psという値を実現。ちなみに、911カレラのMT仕様が4.1kg/psだから、ついにこの項目ではボクスターが911を抜いてしまったという「歴史的な1台」でもあるわけだ。
オリジナルモデル同様に最後部に容量130Lのトランクルーム。そして、従来はソフトトップが折り畳んで収納されるシート後方部分のスペースには、フレームをカーボンファイバー製とすることで重量を5kgに抑えたソフトトップと後方からの風や雨の巻き込みを遮る1kgのウェザープロテクターを収めるというのがボクスタースパイダーならではの新しいパッケージング。
そんなボディのリアセクションは、ストライキングドームなる2つの膨らみを備えた1ピース構造のアルミ製大型リアリッドがカバーする。こうして大幅なリファインが図られたこのモデルのリアビューは、かの『カレラGT』を彷彿とさせられるスポーティで魅力的なルックスだ。
ちなみに、ボクスターに対して地を這うイメージがより強く感じられるのは、こうしたデザイン変更ばかりではなく、スプリング/ダンパーやスタビライザーの強化に伴って20mmのローダウンも行われたサスペンションのリセッティングの影響も大きい。
そんなボクスタースパイダーの国際試乗会が、冬なお暖かい陽射しが差し込む米国カリフォルニアで開催されたのは必然だろう。前述のように一応、雨風を凌げるルーフが用意され、その作りもさすがはドイツメーカーの作品らしい予想以上にしっかりしたものではあったものの、それでもこのモデルのデフォルトがあくまでもオープン状態にあるのは言うまでもない。とにかく「降ってもらっては困る」ということになれば、この地が候補の筆頭に挙がるのは当然でもあるはずだ
ホッテストバージョンながら日常での扱いやすさも増した
そんな期待に違わず、穏やかな快晴の下でのドライブとなったボクスタースパイダーの印象は、嘘、偽りなく「見ても乗っても最高」なものだった!
さまざまな軽量化による恩恵は、何もワインディングロードをアップテンポで駆け抜けるまでもなく、日常シーンでも強く実感。まずはスタート時の、クラッチミートに伴う動き出しの印象がすこぶる軽快。また、高いギアを選び低い回転数で走行という「エコドライブ」のシーンでも、アクセルを踏み込んだ際の速度のリカバリーがボクスターSよりも確実に素早いことに、そうした印象を受ける。
こうして、ホッテストバージョンでありつつも日常シーンでの扱いやすさも増したボクスタースパイダーがその本領を発揮するのは、やはりアクセルペダルを深く踏み込んだ時。4000rpm付近からそのサウンドがクリアなトーンを増すとともに背中を押される感が強まりグングンと速度を高めて行く快感は、ベースとなったボクスターSのそれを確かに凌駕するものだ。
昨今のポルシェイベントでは珍しく、用意されたテスト車両がMT仕様で統一されていたが、こうしてプリミティブなスポーツドライビングを楽しむためには、なるほど、両手両足を総動員となるMT仕様に一日の長があるというのは、きっと多くのスポーツ派ドライバーに共通する意見であるはずだ。
前述のように強化された足回りとLSDの標準装備化は、ローダウンの効果と相まってロールモーションを強く抑制するとともに、ミッドシップモデルならではのシャープでダイレクトなハンドリング感覚と優れたトラクション能力をベースとして、極めてスポーティなコーナリングのテイストをタップリ味わわせてくれる。
一方で、ボクスターSよりも路面凹凸を正直に伝えてくるというのも確かな事柄。ただし、こうして幾分の硬さを感じさせるものの、それをさほど不快とは思わせないのは、実はここでも軽量化が威力を発揮。このモデルでは、新たにデザインされた専用の軽量ホイールに履く19インチのタイヤ内圧が、異例なまでに低圧化されているのだ。
その設定は、使用速度レンジを問わずフロントが2.0bar、リアが2.1barという値。最高速が260km/h以上に達する高速モデルでありながら、こうした圧の使用を可能にしているのは、軽量化によってタイヤに掛かる負担が減少しているから。
ちなみに、ここ数年はミシュランとの親密な協力関係が知られるポルシェ社だが、今回のイベントに用意されたテストカーのすべては、「主に多数の予備タイヤを用意するロジスティックスの関係で」というコメントと共に、ブリヂストン製のタイヤ(ポテンザRE050A)を装着していた。
そんなボクスタースパイダーのデリバリーは2010年の2月からスタート。MT仕様が866万円、PDK仕様が913万円ですでに受注が開始されている日本にも、さほどのタイムラグなく上陸することが予想されている。ただし惜しむらくは、そんな日本市場に向けては左ハンドル仕様のみの設定しかなされていないこと。より利便性と安全性に富む右ハンドル仕様の導入も、一刻も早く望みたいところだ。(文:河村康彦)
ポルシェ ボクスタースパイダー 主要諸元
●全長×全幅×全高:4342×1801×1231mm
●ホイールベース:2415mm
●車両重量:1275kg
●エンジン:対6DOHC
●排気量:3436cc
●最高出力:235kW(320ps)/7200rpm
●最大トルク:370Nm/4750rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:MR
●最高速:237km/h
●0→100km/h加速:5.1秒
※EU準拠