名湯に浸かり森の中のエレガンスに酔う
ジョン・カナヤこと金谷鮮治をご存じだろうか? 日本最古のリゾートホテルとして知られる「日光金谷ホテル」の創業家の家系に生まれ、若い頃から欧州や米国を訪ね歩き、ホテル業の英才教育ともいうべき歩みをもって、自身のホテルのみならず数々のホテル経営に携わり、日本ホテル協会の理事も務めた伝説のホテルマンである。いわば戦後日本のホテルシーンをけん引した人物だ。
高度成長期を駆け抜けた私の両親などは、ホテルマンというよりも、料理の鉄人として知られるフランス料理店「ラ・ロシェル」オーナーシェフの坂井宏行氏を若き頃に抜擢し、料理長に据えた、いまはなきレストラン「西洋膳所 JOHN KANAYA 麻布」のオーナーとして記憶しており、洗練された感覚に溢れるジェントルマンとして憧れの存在だったようだ。
実際、彼の生き様はダンディいやジェントルマンそのもの。枚挙にいとまがないので詳しくは彼のDNAを受け継ぐホテルのサイトなどをご覧いただきたいが、個人的にはその紳士然とした振る舞いよりも、彼の見識の高さ、先進性が魅力的に映る。
たとえば、その伝説のレストラン。名前から察せるように「西洋」と「東洋」を意識し、サービスや空間のみならず和食の技とフレンチを融合させていたのだ。いまでこそフレンチにも和の要素が積極的に取り入れられているが、和食の影響を受けたヌーベル・キュイジーヌが本場フランスでもようやく芽生えた1970年代初頭の頃だから驚く。ほかにも、ホスピタリティの矢面に立つ社員を労う逸話には、社員を大事なステークホルダーとして考える現代のマネジメントに通じるものがあり、それを何十年も前に実践していたのだ。
そんな彼が、もしいま40代の働き盛りだったら森の中にどんな別邸を建てるだろう? そんなユニークなコンセプトを持って生まれたのが「KANAYA RESORT HAKONE」だ。強羅のポーラ美術館近く、ブナやヒメシャラの木々が広がる森に佇む。
客室は14室のみ。うち12室に露天風呂が備わる。落ち着きある部屋は、鮮やかな箱根の自然を際立たせるかのようにシックでモダンだ。質感に優れた天然石の浴槽を満たすのは名湯・大涌谷温泉の湯。清々しい自然の中で身も心も解放される素晴らしい時間が待ち受ける。
魅力はなんといっても食事である。その名も「西洋膳所JOHN KANAYA」。そう、惜しくも閉店した伝説のレストランの名を受け継ぐダイニングなのだ。厳選された四季折々の食材を使い、UMAMIにこだわる金谷流のキュイジーヌと進化しているが、その中には彼と坂井シェフが考案した「金谷玉子」もある。和のエッセンスを加えたフレンチは一品一品が驚きある演出で美味。かつて麻布のお店がそうしていたように、カトラリーにはお箸が添えられる。
上質な空間やサービス、食に流れるエレガンスの妙は他にはないものだ。それはジョン・カナヤという人の確固たる美学そのもの。その世界に触れてみる価値は大いにある。(文:小倉 修)