2009年11月に国内発表された5シリーズグランツーリスモ(GT)。X5やX6などSAVモデルにも似たアクティブな一面と、セダンモデルが持つフォーマルな一面を合わせ持つモデルとして注目を集めた。ここでは日本上陸間もなく行われた試乗テストの模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2010年3月号より)

パッケージングは背の低いSUVという印象

ひと目見ただけで、どんな良さをもったクルマなのか直感的に理解できる。率直に言って、そういうクルマではない。しかし実際に付き合ってみると、これがなかなか興味深い面をいくつも持っているのが、このBMW5シリーズ グランツーリスモというクルマである。個人的に、これほど面白い発見のあったBMWは久しぶりという感じだ。

それにしても、もう少しわかりやすい格好でもよかったのでは? と思うのは確かである。スリーサイズは全長5000×全幅1900×全高1565mm。ホイールベースは車体を共有する7シリーズと同じ3070mmだが、全長はそれより短く、そして背が高い。しかもリアゲートのあるファストバックスタイルなのだ。この5シリーズ グランツーリスモのパッケージングはむしろ背の低いSUVとして捉える方がしっくりきそうである。

使い勝手にもそんな雰囲気が色濃い。全体を開くことも後端だけ開けることもできるリアゲート。そして荷室は後席を前後スライドさせることで容量を調節でき、その後席をパーティションボードごと倒せば最大1700Lもの大スペースをつくり出すことも可能になる。3分割式の後席背もたれも、4人乗り+長尺物の積載といったシチュエーションを想像すれば使い勝手の幅を広げていることがわかる。ただし、後席背もたれは室内側からでも前倒しできるのに、パーティションは荷室側からしか倒せないのは要改善だ。

スペシャリティらしいサッシュレスのドアを開けて室内へ。ヒップポイントが高いので乗り込みはしやすく周囲の眺めも良好。何よりちょっと高めの視点が、周囲のクルマのドライバーのそれと重ならないのがいい。このあたりもSUVに通じるところがあると言える。ただし、外から見てあれほどの威圧感がないところは大きな違いである。

このクルマには今までのBMWとの接し方は通用しないかも。そう感じたのは、ドライビングポジションを一発でピタリと決められなかった時だ。いつも通り低めに座ろうとするとステアリングの位置が高く、また上向きの角度も気になる。いろいろ試すうち、そうでなくても高めの着座位置をより高めに設定すればしっくりくることがわかった。室内高があるから、好みを別にすればそれでスペースに問題はない。というより、そうやって座ることが前提の空間設計だということが見えてくる。

後席もさすがに広い。膝まわりの空間は足を組んでもまだ余裕なほどだし、ヒップポイントは高めにしたはずの前席よりさらに高いから、視界もドーンと開けている。室内前後長は7シリーズと同等のはずだから、つまり高さの違いが印象をそれほどまでに変えているのである。

今回の試乗車は直列6気筒3L直噴ターボユニットを積む535i。そのパワーユニットは335i以降使われてきたツインターボではなくツインスクロールのシングルターボ化され、バルブトロニックを組み合わせている。最高出力306ps 、最大トルク400Nmの数値は共通だが、最大トルクの発生回転数は1200rpmからと、わずかに拡大された。組み合わされるトランスミッションは8速ATだ。

それでも車重が2020kgにも及ぶだけに、とくに発進直後の蹴り出しには若干の物足りなさを覚えたのは事実である。しかし1000rpm台後半に差しかかる頃には豊かなトルクが供給されはじめ、そこからトップエンドにかけては気持ち良い伸びを楽しめる。スムーズな回転上昇と歯切れの良いシフトアップを繰り返しつつの加速は軽快感に富む。残念なのは6000rpm以降の高回転域で荒っぽい振動が感じられたことだが、よく見れば試乗車の走行距離は1500kmを超えたばかりであり、走らせるにつれて感触は良くなっていくはず。それを前提とすれば、取りあえず動力性能は535iでも十分と言っていいだろう。

画像: 4ドアセダンでも、2ドアクーペでも、5ドアのワゴンでもない、既存の枠にははまらないスタイル。

4ドアセダンでも、2ドアクーペでも、5ドアのワゴンでもない、既存の枠にははまらないスタイル。

抜群の静粛性と乗り心地で名の通り長距離移動に適する

後輪操舵をも制御に織り込んだインテグレーテッド・アクティブステアリングを備えたシャシは、この535iグランツーリスモにサイズを感じさせない旋回性能をもたらしている。意外だったのは7シリーズにはなかった、後輪操舵特有の違和感の強さだ。着座位置や重心の高さ、あるいは前後50:50よりさらに後寄りの重量配分などが、それを強調してしまったのかもしれない。

一方で、高速域での安定性は際立っている。レーンチェンジの際などのタイトな挙動には、後輪操舵の恩恵も大きいに違いない。良い意味で重厚過ぎない乗り心地も十分快適。静粛性の高さも特筆すべきところで、つまり総じて室内の快適性は非常に高い。とくに広々としていて景色も抜群に良い後席は、このクルマの特等席だと言えるだろう。BMWなのに運転席以外の席が、である。

乗り込んだ時の最初の印象の通り、いわゆる走りの良さをいくら語ろうとも、5シリーズ・グランツーリスモの本質には近づけない気がする。むしろ伝えるべきは、そのステアリングを握っていると、今までのどのBMWにも増して周囲の景色の流れに目が行き、助手席や後席の人との会話を楽しもうという気分にさせられるということである。

それはドライビングポジションや周辺視界、快適な乗り心地や静粛性、後席の居心地の良さやラゲッジスペースの使い勝手などさまざまな要素が相まって、じわじわと醸成される印象。グランツーリスモという名の通り、クルマでずっと遠くまで旅したくなる、そんなクルマに仕上がっている。

”駆けぬける歓び“に変わりはない。しかしそれだけでなく、クルマがある生活全体に歓びをもたらす存在。それが5シリーズ・グランツーリスモの本質ではないだろうか。なるほど、そこは確かに目下、BMWが獲り切れていない市場かもしれない。そんな風に考えていくと、この姿かたちも納得である。

ライフスタイルにこだわりが強く、感度の高い人達が魅力に気付いて乗り出せば、きっとその外観も見え方が違ってくるのだろう。今後の受け入れられ方が楽しみな1台だ。(文:島下泰久/写真:永元秀和)

画像: 快適な室内空間だが、特等席は運転席だけではない。リアシートは40:20:40の分割可倒式となり乗車定員は5名。左右独立式でそれぞれ前後に10cm移動可能。またバックレストは最大で33度まで傾けることができる。

快適な室内空間だが、特等席は運転席だけではない。リアシートは40:20:40の分割可倒式となり乗車定員は5名。左右独立式でそれぞれ前後に10cm移動可能。またバックレストは最大で33度まで傾けることができる。

BMW 535i グランツーリスモ 主要諸元

●全長×全幅×全高:5000×1900×1565mm
●ホイールベース:3070mm
●車両重量:2020kg
●エンジン:直6DOHCターボ
●排気量:2979cc
●最高出力:225kW(306ps)/5800rpm
●最大トルク:400Nm/1200-5000rpm
●トランスミッション:8速AT
●駆動方式:FR
●車両価格:878万円(2010年当時)

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