1960年代末から日本でもスーパーカーが計画され、あるものは試作段階で消え、あるものは実際に販売までこぎつけた。2023年 ゴールデンウイークの特別連載企画として、そんな時代の最先端を目指した日本の志高いスーパーカーを紹介しよう。第5回は、童夢 P-2だ。

童夢 P-2(DOME P-2:1978-1979)

画像: 童夢-零。性能面だけの追求で良かったレーシングカーとは異なり、保安基準や耐久性、1000万円級を想定した品質感の確立などの難題に直面した。

童夢-零。性能面だけの追求で良かったレーシングカーとは異なり、保安基準や耐久性、1000万円級を想定した品質感の確立などの難題に直面した。

レース界で名を馳せていた日本の童夢が、1978年のジュネーブモーターショーで「童夢 零」なるコンセプトカーを発表した。先進性が目をひくクルマで、当時のスーパーカーでは鋼管スペースフレームが使われるのが常だったが、スチールモノコックフレームを採用していた。ウエッジシェイプのボディは、まだ普及していなかった風洞を用いてデザインされており、Cd値は0.37を達成していた。

コクピットの後ろにミッドシップされたエンジンは、日産のL28型 直6 SOHC。スーパーカーのエンジンとしてはベストというわけではなかったが、手頃な高性能エンジンとしてこれを選んだ。燃料供給は3基のソレックス キャブレターで行い、最高出力は145psを発生。トランスミッションはZF製の5速MTだ。

同車は仮ナンバーを付けての公道走行など発売への準備を進めていたが、運輸省(当時)との交渉が難航し、国内での認定を諦めざるを得なかった。

その後、アメリカでの認定を目指して、1979年にアメリカ法規に準じた仕様の「童夢 P-2」を開発する。現地の保安基準に合わせてバンパーの大型化やヘッドランプの高さ変更が行われた。シャシはスチールチューブ フレームに変更されている。

市販への期待が高まっていたが、童夢がル・マン24時間への参戦のチャンスを得たことにより、開発がストップ、ル・マン仕様のレーシングカーとして生まれ変わった。

画像: 童夢では世界一全高が低いクルマを目指したといわれている。写真のP-2では1mを切る990mmだった。

童夢では世界一全高が低いクルマを目指したといわれている。写真のP-2では1mを切る990mmだった。

童夢 P-2 主要諸元

●全長×全幅×全高:4235×1775×990mm
●ホイールベース:2450mm
●車両重量:950kg
●エンジン型式:L28E型
●種類:直6 SOHC
●総排気量:2753cc
●最高出力:145ps/5200rpm
●最大トルク:23.0kgm/4000rpm
●トランスミッション:5速MT

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