IMSAシリーズをモチーフとする特別なカラーリング
RS6アバントGT(以下、RS6 GT)は、RSシリーズの頂点に君臨するモデルだ。そのキャラクターがもっとも明確に表れているのはエクステリアデザインだろう。
とりわけ、コナホワイトをベースにブラック、グレー、レッドのアクセントを組み合わせたボディカラーは、1980年代のモータースポーツシーンで活躍したIMSAシリーズに参戦するため、1989年に生み出されたアウディ90クワトロIMSA GTOにインスパイアされたもので、古くからのファンにとっては馴染みのあるカラーリングといえる。
「RS」は、レーシングスポーツを意味するドイツ語「Renn Sport」の頭文字。その観点からいえば、往年のレーシングカーをモチーフとするのはごく自然なことにも思えるが、その歴史を紐解くと、RS6 GTが例外的な存在であることに気づくだろう。
史上初のRSモデルは1994年にデビューしたRS2アバントだが、このモデルは、ポルシェとの共同開発により最高出力315psを絞り出す2.2L直列5気筒エンジンを搭載し、最高速度262km/hを実現する高性能を誇っていたにもかかわらず、サスペンションはしなやかで日常的にも使える快適性を備えていた。
しかもボディはアバント=ワゴンで、クワトロ=フルタイム4WDを採用していたことから、どこにでも行けてどんな目的にも使える万能性が自慢。スポーツモデルといえば扱いにくく実用性も低いと考えられていた当時、そのコンセプトは画期的なものだった。
RS2アバントのユニークなキャラクターは最新のRS6 アバント パフォーマンスにも受け継がれていることは先月号の本誌でレポートしたとおりだが、その高性能版にあたるRS6 GTは、さらにスポーティな方向を目指していることが、このカラーリングにも表れているのである。
シャシ性能の強化で実現した後輪駆動ライクな挙動
エンジンは基本的にRS6 アバント パフォーマンスと共通で、4L V8ツインターボの最高出力は630ps、850Nmとされているものの、シャシのセッティングはだいぶ異なる。たとえば、全高はRS6 アバント パフォーマンスより10mm低く、これに伴ってスプリングレートが引き上げられたほか、スタビライザーはフロントで30%、リアで80%もハードにされたという。
それだけではない。なんと、RS6 GTに標準装備されるメカニカルサスペンションは車高調整付きで、ダンピングレートも変更可能とされている。しかも、それらの調整は車内から行うのではなく、4本のスプリングダンパーユニットに備えられたノブなどを直接操作するマニュアル式とされたのだ。
この一事をとっても、RS6 GTがいかに〝走り〟に振ったモデルであるかがわかる。
さらに、後車軸に設けられたクワトロスポーツデファレンシャルもRS6 GT専用のセッティングとされていて、ダイナミックモードを選択すると前後のトルク配分がリアバイアスとなり、後輪駆動に似た「ニュートラルで精度の高いハンドリング」を実現するというのである。
軽量化にも熱心に取り組んでいる。たとえば、ボンネットやフロントフェンダーはカーボンコンポジット製とされたほか、フロントシートのフレームも同じくカーボンコンポジット製に改められた。こうした改良により、車両重量はRS6パフォーマンスより50kgも軽量になったというから驚く。
また、カーボンコンポジット製フロントフェンダーは前輪後方にエアアウトレットを設けた専用デザインとされたほか、ルーフ後端に設けられたリアスポイラーは2段重ねのダブルウイングタイプとされた。そのほか、フロントスポイラーやリアディフューザーも専用設計である。
希少車ではある。けれど「日常」をともに楽しみたい
こうした専用装備品の組み付け作業は、R8やRS eトロンGTなどと同じネッカーズルム近くのベーリンガーホフ工場において、7名の熟練したメカニックにより手作業で行われる。このためRS6 GTは全世界で660台のみが限定生産される。その証しとしてセンターコンソール上にシリアルナンバーが記されるのもRS6 GTの特徴だ。
では、アウディRSシリーズの歴史は、RS6 GTをもって幕を閉じてしまうのだろうか?
これに対するアウディ担当者の回答は「その質問にお答えするのは時期尚早です」というもの。とはいえ、RS6 GTの紹介動画には「RS6世代のファイナルエディション」というコメントがあったので、少なくとも現行世代については、これが最後のRS6となる可能性が高いだろう。
今回のプレゼンテーションでは「RS6 GTはコレクターズアイテムです」という言葉も何度か耳にした。なるほど、RS6 GTにはそれだけの価値があるのかもしれないが、RSシリーズが持つ万能性と実用性の高さを考えれば、コレクションとしてガレージにしまいっぱなしにするのはあまりに惜しい。
660名の幸運なオーナーには、是非、RS6 GTを毎日のようにドライブに連れ出して欲しいものである。(文:大谷達也/写真:アウディAG)