大航海時代に重要な役割を持っていたカナリア諸島
大航海時代に覇を競い合っていたスペインとポルトガルが最初に目指していたのは、船でインドに辿り着くことだった。最も大きな目的は、インドや東南アジアで産出される香辛料や金銀、絹などを直接購入することだ。
ヨーロッパにいても、イタリアのベネチア経由でそれらを購入することは可能だったが、原価の20倍から50倍とひどく高くついていた。なぜならば、それらの品々の流通はすべてイスラム圏の商人たちが一手に握っていたからだった。中世では、ヨーロッパのキリスト教徒は軍事的にも経済的にもイスラム教徒の力に圧倒されていた。
インドやアジアからの品々を、いつまでもイスラム教徒たちの言い値で吹っ掛けられていてはたまらない。イスラム教徒とは違うルートでそれらを直接に仕入れることはできないものか? 大袈裟ではなく、当時のスペイン人やポルトガル人の切実でチャレンジングな願望が、21世紀の今日にまでつながる世界秩序を作り出したのだ。今にして想ってみれば。
それまで、地中海を出て大西洋をアフリカ大陸沿いに南下しようとしたヨーロッパ人の船乗りは数多くいた。しかし、北西岸のボハドル岬にまで来ると、突如として風が強まり、当時の船では先に進むことができなかった。
大西洋上を東から西へ吹く強力な貿易風が行く手を阻んだのだ。運悪く巻き込まれてしまった船は木端微塵に粉砕されたり、流されて二度と戻ってこられなくなった。船乗りたちは、その先は断崖絶壁の滝になっていて二度と戻れない「不帰の岬」と怖れていた。ここを初めて越えてアフリカ大陸沿いに南下し、最南端の喜望峰を発見したのがポルトガルのバーソロミュー・ディアスだった。ディアスに続き、アフリカ大陸東海岸のモザンビークに達し、既存のアラビア人の航路を利用してインド洋を横断してインドに到達したのがバスコ・ダ・ガマだ。1498年のことである。
ポルトガルに対抗していたスペインがレコンキスタによってイスラム教徒をスペインから一掃したあと、イザベラ女王が起用し、インドと誤認しつつも大西洋を横断し中米バハマに到着したのがクリストファー・コロンブスだ。
ポルトガル勢は東へ、スペイン勢は西へとお互いに正反対の航路を進んでインドとその先のマラッカ(マレー半島)を目指した。スペイン船団もポルトガル船団も、大西洋に出たあと最初に立ち寄って食料と飲料水を補給したのが、ボハドル岬沖のカナリア諸島だった。カナリア諸島を出て、南下して喜望峰を回ったのがポルトガル勢。大西洋を西へ進んでいったのがスペイン勢だ。両国にとって、この島々はとても重要な役割を担っていた。
カナリア諸島は14の島々から形成されるスペインの自治州だが、そのうちのひとつグランカナリア島でポルシェ 911カレラ カブリオレの国際試乗会が行われた。

新型ボクスターに先んじてデビューを飾ったのはニュー911 のカブリオレモデル。スポーツカーであると同時にとても上質な快適性も備えている点に感服させられた。
