昭和を駆け抜けた和製スポーツモデルたち。その勇姿を、モーターマガジン社の70年以上にわたる取材記録や当時の写真を基に紹介しよう。今回は、今も日本の名車と評されて1967年に発売された、トヨタ 2000GTだ。

3年3カ月間の生産累計は、わずか337台にとどまる

画像: エンジンはクラウン用のM型(SOHC)をヤマハがチューンしてDOHC化した。最高出力は150ps、最大トルクは18.0kgmを発生。

エンジンはクラウン用のM型(SOHC)をヤマハがチューンしてDOHC化した。最高出力は150ps、最大トルクは18.0kgmを発生。

ショーのデビューから約1年半後、ファンをヤキモキさせたトヨタ2000GTは昭和42(1967)年5月に発売された。ロングノーズ&ファストバックのボディスタイルはショーに展示されたままだったが、センターロックのワイヤーホイールは市販車でマグネシウムホイールに改められていたほか、細部に多少の変更が施されていた。

エンジンはクラウン用の新エンジン、2LのM型をベースにヤマハがチューニング、DOHC化した3M型を搭載した。3M型は2Lの直列6気筒 DOHCでソレックスの3連キャブを装備。排気量は1988cc、最高出力は150ps/6600rpm、最大トルクは18.0kgm/5000rpmを発生した。

足まわりは、サスペンションが前後ともダブルウイッシュボーン/コイルの4輪独立懸架で、ブレーキは4輪ディスクを採用した。現在では珍しくない4輪ディスクブレーキだが、当時は国産車としては初の採用であった。国産初といえばリトラクタブル ヘッドランプも、トヨタ 2000GTが先鞭をつけた装備である。

ローズウッドの1枚板のダッシュボード(前期型)やレザー張りバケットシートなど、内装の豪華さも当時のトップレベルで「すべて純国産」も自慢のひとつであった。しかし「ハイグレードな車づくり」による手間と高価格が響いて、昭和45(1970)年8月の生産終了まで3年3カ月間の生産累計はわずか337台だった。

通常はすべてのパーツのひとつひとつを円ではなく「銭」単位でコスト計算して生産されるが、2000GTほどコストを無視して作られた例はない。トヨタの技術を世に知らしめる目的があったからこそ、歴史に名を残したのだ。

画像: 前期型のメーターパネルは本物のローズウッド。写真の後期型ではウォールナットに変更になった。ラジオの下にはストップウォッチが備わる。

前期型のメーターパネルは本物のローズウッド。写真の後期型ではウォールナットに変更になった。ラジオの下にはストップウォッチが備わる。

トヨタ 2000GT 主要諸元

●全長×全幅×全高:4175×1600×1160mm
●ホイールベース:2330mm
●車両重量:1120kg
●エンジン:直6 DOHC
●総排気量:1988cc
●最高出力:150ps/6600rpm
●最大トルク:18.0kgm/5000rpm
●燃料供給装置:ソレックスキャブレター×3
●トランスミッション:5速MT
●駆動方式:FR
●タイヤサイズ:165HR15
●当時の車両価格:238万5000円

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