1980年代半ばのAT技術の進化が分岐点となり、MT車が減少傾向に
日本でATが独自開発されたのは1958年のこと。1970年には、トルクコンバーターATの特許を多数所持するアメリカ・ボルグワーナー社とアイシン精機が、合弁でアイシン・ワーナー社(現アイシンAW社)を設立、1980~1990年代のトルコン全盛期の礎となった。
1984年には42.9%であったAT車普及率は、2015年には98.4%となり、もはやAT車でなければ自動車に非ずという感が強い。この30年間に何が起きたのだろう。
要因はいくつか考えられるが、注目したいのは1980年代半ばのハイソカーブームと呼ばれるアッパーミドルクラス車の人気だ。そのクルマたちには、当時の先端技術が投入されたATが搭載されていた。
それまで主流だった2速AT/3速ATから、ロックアップやオーバードライブ機構を備え4速へと多段化されたもので、余裕の室内空間の中でMT車と遜色のないスポーティな走りを提供してくれるものだった。つまりは「1憶総中流」と呼ばれる世相の中、ちょっとリッチな気分にさせてくれるツールとして恰好なものであったのだろう。
そして、上級車で普及した技術が大衆車へと引き継がれるのが自動車メーカーの習わしである。性能が向上したATは、大衆車クラスでも当たり前のように採用され、AT車普及に拍車をかけた。
MT車にとって厳しい、自動運転時代の幕開け
日本のAT車普及率が90%を超えたのが2000年のこと。この背景には現在まで続くSUVブームが大きく影響しているようだ。SUVといえば、副変速機付きMTを採用し、駆動方式はパートタイム4WDが主流だったが、こちらもATに自動デフロック機能を備えたトルクスプリット式フルタイム4WDへと進化し、MTの活躍の場が奪われていった。
そして極めつけが2010年ごろから実用化されてきた先進安全自動車(ASV)だ。国土交通省が定めるASVとは、前方障害物衝突被害軽減ブレーキ、ペダル踏み間違い時加速抑制装置、レーンキープアシスト、車線逸脱警報装置、後退時後方視界情報提供装置、後側方接近車両注意喚起装置の6点を備えたクルマのこと。加えてACC(アダプティブクルーズコントロール)も、ASVに加えて良いだろう。
そこでトランスミッションの違いによるASVの搭載状況を、ここではマツダ CX-5 LパッケージのAT車とMT車を例に比較してみよう。
AT車は上記7点がすべて装着され、かつACCは全車速追従型で停車保持機能が備わり、車速0km/hからの発進を可能とする。一方、MT車でも上記7点のASVは、すべて搭載される。ただし、車速30km/h以上でACCによる追従走行は可能だが停車保持機能はなく、渋滞時の車速0km/h発進はできない。
一見同じに見えるASVでも仔細に比較すると、AT車のASVは使い勝手が良く、渋滞の多い日本の道路事情に適している。この点もAT車の普及に一層の拍車をかけているのだろう。
日本でのMT車普及率は1.5%前後となり、人間が運転の主体となる時代はほぼ終焉したと言えるかもしれない。そして、ASVの進化の先にある自動運転は、運転行為から人間を排除する技術とも換言できる。今後の自動車技術の発展の方向性を考えると、MT車は淘汰される運命かもしれない。(文:猪俣義久)