2005年のフランクフルト・モーターショーでワールドデビューを果たして注目を集めたW221型メルセデス・ベンツSクラスには、さらにサプライズが用意されていた。「ビジョンS350ダイレクト・ハイブリッド」と「ビジョンS320ブルーテック・ハイブリッド」を突如発表したのだ。ここではメルセデス・ベンツが開発した当時最先端のハイブリッドを振り返ってみよう。(以下の記事は、Motor Magazine 2005年11月号より)

低燃費と高出力を両立するダイレクト・ハイブリッド

「ようやくハイブリッドを認めたか」というのが、今回2005年のフランクフルト・モーターショーで私が感じた印象である。これまで頑なに「2つのパワープラントが1台のクルマに2基もあるなんてナンセンス!」いうスタンスを崩さなかったドイツメーカーがついにハイブリッドを開発してきたからだ。

さらにメルセデス・ベンツは次期パワーユニットとしては北米を含みディーゼルを重要視しており、昨年2004年、テキサスのレーシングコースにE320CDIを運び込み、24時間の世界速度記録を達成した。また今年2005年の初めには東海岸から西海岸までドイツ人ジャーナリストにレクサスRX400hとメルセデス・ベンツML320CDIのロングディスタンス比較テストの機会を与え、MクラスがRXに対して総平均燃費で100kmあたり1Lの利点があることを実証したのである。

それゆえに今回のハイブリッドの発表はトヨタやホンダなどのハイブリッド攻勢に対する政治的な意味合いの強いものであると思う。その証拠にモーターショー直前にGM(オペル)、そしてBMWとともにハイブリッド開発に関する3社連合も発表している。

つまりハイブリッドは、とくにトヨタのマーケッティング戦略によって環境保護には不可欠な解決方法のひとつとなりつつあり、これを外すとアメリカ市場ばかりでなくヨーロッパでの先進イメージを落とすことを心配しているのである。

今回フランクフルトで公開した2種類の新しいパワートレーンは、メルセデス・ベンツに相応しい走りを重視した、いわゆるホンダ方式に近いマイルドハイブリッドシステムである。

まずガソリンエンジンと電気モーターの組み合わせによるハイブリッドシステムをメルセデス・ベンツでは「ダイレクト・ハイブリッド」と呼んでいる。

この名前はメインのパワートレーンであるガソリンエンジンに直噴システムが採用されていることに起因している。メルセデス・ベンツはオットーサイクル(ガソリンエンジン)にはまだまだ燃費改善のポテンシャルがあることに注目。3.5LのV6エンジンに200バールの噴射圧を持つピエゾ噴射方式を採用し、第2世代の直噴ガソリンエンジンをまず完成させた。社内エンジン開発コード、M272DE35と呼ばれるこの新しいユニットは最高出力292ps/6000rpm、最大トルクは365Nm/2400-5000rpmを発生する。

そしてこのエンジンと7Gトロニックトランスミッションの間に8.2ps(6kW)の薄型電気モーターをレイアウトしている。このモーターはスターターとブースターの役割を持っており、スタート時には250Nmを発生。このモーターの助けでとくにストップ&ゴーの多い市街地走行において燃費の低減に役立つわけである。この16個のコイルを持ったモーターはもちろん発電機の役割も持っており、ブレーキエネルギーを電気に変えてリチウムイオンバッテリーに蓄える。

ガソリンエンジンは負荷の掛からない状態では休止し、さらなる燃費の向上に貢献する。メルセデス・ベンツの発表では、このS350ダイレクト・ハイブリッドで100kmあたり8.3Lのガソリンを消費するが、これは旧S350(W220型:10.9L/100km)と比較すると25%もの燃費向上となっている。また加えてガソリンエンジンには当然3元触媒とDeNOxキャタライザーが装備されており、排ガスの数値は現在考えうる最低のライン、来るべきユーロ5のレベルに保たれる。

最後にもっとも大事なことだが、このS350ダイレクトハイブリッドは0→100km/hをわずか7.5秒、最高速度はリミッターの効く250km/hに届くメルセデス・スタンダードの性能を忘れてはいない。

画像: ビジョンS350ダイレクト・ハイブリッド。直噴ガソリンエンジンと電気モーターを組み合わせる。

ビジョンS350ダイレクト・ハイブリッド。直噴ガソリンエンジンと電気モーターを組み合わせる。

ディーゼルの性能を生かすブルーテック・ハイブリッド

メルセデス・ベンツが日本メーカーとの差を見せるのが、ディーゼルエンジンとハイブリッドの組み合わせである。

このユニットのメインは3L V6CDI(コモンレール型ディーゼル)で、最高出力235ps/3800rpm、最大トルク540Nm/1600〜2400rpmを発生する。ここにガソリン仕様と同じように7Gトロニックトランスミッションとの間に8.2psの電気モーターを挟みこみ、スタートと低負荷時の走行に貢献する。

このディーゼルエンジンには尿素噴射テクニックを使ったNOx対策が採用されており、その尿素添加剤が「アドブルー」と呼ばれているところから「ブルーテック・ハイブリッド」と呼ばれることになった。この添加剤はすでにメルセデス・ベンツの5000台以上のトラックに採用されているもので、その効果と安全性は保証されている。

S320ブルーテック・ハイブリッドには22Lのアドブルーがスペアタイヤ用スペースに設けられたタンクに貯蔵されており、100kmあたり0.1Lが消費され、最終的にはキャタライザーを経て80%の窒素酸化物が除去されてゆく。ちなみにこのレベルであればアメリカの将来的な排ガス規制、そして日本の中長期排ガス規制もクリアする。また当然DPF(ディーゼル・パティキュラー・フィルター)も標準装備される。

肝心の燃費の向上だが、従来のS400CDI(W220型)と比べるとおよそ20%も低減される。またこのS320ブルーテック・ハイブリッドもガソリン仕様と同じように走行性能は犠牲にしておらず、0→100km/hの加速所要時間は7.2秒、最高速度は250km/hとサイズのノンハイブリッドモデルとほとんど差はない。

これらのマイルドハイブリッドシステムの他にもメルセデス・ベンツはハイブリッドシステムの研究を続けている。2年前のフランクフルト・モーターショーで発表したツーモード・ハイブリッドシステムである。

2基のコンパクトな電気モーターをオートマチックトランスミッションと組み合わせたこのシステムは、シリーズハイブリッドとパラレルハイブリッドを融合させたもので、よりパフォーマンスの高い大型車あるいは4WDを搭載するモデル、そしてロングドライブモードにも向いている。

冒頭に述べたダイムラー・クライスラー社とBMW、そしてGM(オペル)とのアライアンスは、このツーモード・ハイブリッドシステムを共同で開発し、市場提供への時間の短縮とコストセーブを狙っているものである。さらにもっとうがった観察をすれば、GMが特にこうしたアイデアを持っているのだが、ハイブリッドは中期的な解決策で、決定的、最終的にはやがてフューエルセルが自動車のパワートレーンを支配する。それゆえに1社がすべて自前で大掛かりな開発コストを支出するのはスマートな考えではないと計算していると推測できる。

果たして、このアライアンス対日本メーカー、とくにハイブリッド王国を設立しようとしているトヨタ、あるいはその中間を行くホンダとの成り行きはどうなるのか、非常に興味深いものがある。(文:木村好宏/Motor Magazine 2005年11月号より)

画像: ビジョンS320CDIブルーテック・ハイブリッド。先進の3L V6ディーゼルターボに電気モーターを組み合わせる。

ビジョンS320CDIブルーテック・ハイブリッド。先進の3L V6ディーゼルターボに電気モーターを組み合わせる。

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