クルマ好きなら一度は憧れたことがあるだろうスーパーカー。その黎明期から現代までをたどる連載企画。第26回は「BMW M1」だ。

BMW M1(1978-1981年)

画像: イタルデザインの手になるFRPボディはウエッジシェイプで、角形鋼管で構築されたセミスペースフレーム上に架装される。

イタルデザインの手になるFRPボディはウエッジシェイプで、角形鋼管で構築されたセミスペースフレーム上に架装される。

BMWは今もなおモータースポーツに積極的に参加しているメーカーだが、1976年当時のグループ4/5レースではポルシェ 934/935が圧倒的な強さを見せ、苦戦を強いられていた。M1はその独走を阻止すべく開発されたモデルで、レーシングカーを作る計画の結果として生まれたスーパーカーと言えるだろう。

エンジンは、当時の欧州ツーリングカー選手権(ETC)でグループ5のBMW 3.0CSLが使用していた「ビッグシックス」こと3.5Lの直6 DOHCをさらに低重心化するなどして、コクピットの後ろに搭載した。つまり、BMW初のミッドシップ市販車ということになるため、シャシの製作はミッドシップを作り慣れているランボルギーニに委託し、ジャンパオロ・ダラーラが担当することになった。ボディは、ジョルジェット・ジウジアーロが率いるイタルデザインによるものだ。

こうしてプロジェクトは動き出したのだが、ランボルギーニの経営不振で作業は遅れ、結局BMWは1978年に同社との契約を解消する。替わってシャシ製造を担当したのは、ドイツ(当時は西ドイツ)のコーチビルダーであるバウアー社であった。当時のグループ4規定である「連続する24カ月間に400台の生産」という目標をクリアしたのは、1980年のことだった。

画像: 直6エンジンの後ろにデフとミッションが続くため、ホイールベースは長いが重量バランスは最適になった。

直6エンジンの後ろにデフとミッションが続くため、ホイールベースは長いが重量バランスは最適になった。

こうしてM1は1981年シーズン以降からの参戦が認められたものの、1982年からFIAの車両規定が変更され、グループC規定に移行してしまったため、M1のレース参戦計画は短命に終わってしまった。M1のグループ4仕様は自然吸気エンジンながら476psを発生していた。

BMWはF1グランプリの前座としてホモロゲーション取得前の1979〜80年にワンメークレースを行い、これが人気を博した。またツインターボで過給し最高出力862psを想定したグループ5仕様は、ワークスとしては実現しなかった。ただ、1981年にザウバーがグループ4仕様をベースとしてターボを装着したグループ5をメイクス選手権やドイツ国内レースで走らせ、1981年のニュルブルクリンク1000kmで優勝している。

モータースポーツ参戦車両として計画されたため、WRC参戦のために作られたランチア ストラトス同様、その生産台数はきわめて少なく、500台に満たなかった。

画像: リアのエンジンフード部はルーバー状となって後方視界を確保していた。

リアのエンジンフード部はルーバー状となって後方視界を確保していた。

BMW M1 主要諸元

●全長×全幅×全高:4360×1824×1140mm
●ホイールベース:2560mm
●重量:1300kg
●エンジン種類:直6 DOHC
●排気量:3453cc
●最高出力:277ps/6500rpm
●最大トルク:33.7kgm/5000rpm
●駆動方式:縦置きミッドシップRWD
●トランスミッション:5速MT
●タイヤサイズ:前205/55VR16、後225/50VR16

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