「先進的な技術」をアピールすることでその優位性を確立してきたアウディだが、クワトロとともにそのブランド力を引き上げてきたのがクリーンディーゼル「TDI」だった。2006年、Motor Magazine誌は欧州のディーゼル市場をリードしていたアウディのディーゼルエンジン搭載モデルをドイツでテストしている。さっそくその模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2006年8月号より、タイトル写真はアウディA6アバント2.7TDI)
TDIはクリーンディーゼルのアイコン的存在
2005年秋、東京モーターショーのため来日したアウディAGのDr.ヴィンターコルン会長との会食の席で「ハイブリッド優勢の日本のジャーナリストに、是非アウディTDIを体験してほしい」という話になったのが事の発端。先日、ドイツの首都ベルリンから、新型アウディTTの国際試乗会が行なわれるオーストリアはザルツブルグまでのざっと700km以上のルートを、アウディのディーゼルエンジン搭載モデル「TDI」でドライブするという願ってもない機会に恵まれた。
TDIのエンブレムは、今やヨーロッパでは羨望の対象だと言っても過言ではない。何しろアウディのTDIは、1989年に登場して以来、ヨーロッパのプレミアムカーのディーゼル市場を牽引してきたパイオニア的存在。コモンレール式燃料噴射装置の広範な採用も早かったし、DPFなしで真っ先にユーロ4規制をクリアしたのも、やはりTDIだった。そうした経緯から、ヨーロッパでTDIは先進的なエンジンというイメージが確立している。
若々しいスポーツブランドとして認知されているアウディのブランド力は、実はこのTDIによって押し上げられてきた部分が非常に大きいのだ。事実、販売に占めるTDIの比率は非常に高く、世界では実に54%にもなるという。当然、ヨーロッパだけで見れば、それ以上の割合を占めることになるはず。極論すれば、ヨーロッパではアウディ=TDIであり、全体の27%であるクワトロ以上に、アウディの先進性の象徴となっているのである。
A6/A4/A8の3車で知る先進性としてのTDI
まずステアリングを握ったのは、A6アバント2.7TDI。最新のピエゾ式インジェクターと可変ジオメトリー式ターボチャージャーを備えたコモンレール式燃料噴射システムを搭載した排気量2698ccのV型6気筒DOHCディーゼルターボユニットは、最高出力180ps/3300〜4250rpm、最大トルク380Nm/1400〜3300rpmを発生する。排出ガス後処理システムとしては、酸化触媒とDPFが装備される。トランスミッションは、マルチトロニックも用意されるが、試乗車は6速MTだった。
その走りっぷりは、予想以上の軽快さを感じさせるものだった。特に、3000rpm前後から発せられる金属的な響きが、4000rpm以上では、さらに抜けの良い快音に変化し、そのまま4600rpmからのレブリミットに一気に到達する様は快感。まさに回せば回すほどの回転とパワーの伸びの良さは、ハッキリ言ってガソリンの3.2FSIより、よほど表情豊かでスポーティと感じられた。
100km/h走行時のエンジン回転数は1700rpm前後。一方、下のギアは低めで、2速でも80km/hほどしか出ないため、発進加速時にはやや煩雑感がある。しかし、代わりに低速での粘りは驚異的で、途中ではまったひどい渋滞の中でも、ギアを1速に入れたまま、右足は動かさずクラッチペダルの断続だけで切り抜けられた。これならMTでも不満はない。
同時に試乗できたA6セダン2.7TDIクワトロは6速ATだったが、こちらもギア比は近い設定だった。低速域での煩雑な変速操作が不要と考えると、ベターチョイスはATだろう。
続いて乗ったのはA4セダン3.0TDIだ。こちらもエンジンの基本的構成は同様。排気量は2967ccで、最高出力233 ps/4000rpm、最大トルク450Nm/1400〜3250rpmと、スペックはさらに強力だ。組み合わされるのはパドルシフト付きの6速ATである。
車重は軽くパワーがあるだけに、動力性能はさらに強烈だった。アイドリングからモリモリと湧くトルクのおかげで、発進加速はまさに蹴飛ばされるよう。回す楽しみは2.7の方が濃いが、こちらは代わりに全域でふた回りは力強く、よって回す必要はそもそもない。高回転型ガソリンエンジンとはまったく異なる、しかし同等の魅力的なスポーツ性がそこにはある。走らせる楽しさは、まさに最高の1台だ。
最後は真打ち、A8 4.2TDIクワトロだ。排気量4134ccのV型8気筒ユニットは、可変ジオメトリー式ターボチャージャーを2基搭載。最高出力326ps/3750rpm、最大トルク350Nm/1600〜3500rpmというスペックは同じ4.2LのFSIユニットに対して、24ps負けるものの何と210Nmも上回る。
動力性能については改めて説明するまでもないだろう。とにかく速い。そのひと言である。1、2速あたりではトップエンドでの伸びを抑えているようだが、それより上のギアでは、4000rpm辺りからクォーンという気持ち良いサウンドを響かせながらの豪快な加速が楽しめる。100km/h走行時のエンジン回転数は6速1650rpm。計算上、リミッター作動の最高速には4150rpmで到達するが、そこまで余裕で持続する吸い込まれるような加速感は言葉を失うほどだ。
これに路面状況を選ばないフルタイム4WDが組み合わされるのだから、アウトバーンでアウディが幅を利かすのも納得である。ただし、ステアリングの初期応答が過敏で、高速コーナリグに緊張感を伴うのは残念なところだ。これは、A8だけでなく他のモデルでも感じることではあるのだが。
なお燃費は、アウトバーンらしいハイペースで飛ばしたにもかかわらず、参考値ながらA8で9.8km/L、A6セダンで10.3km/Lをマークした。さすがTDIである。
昨年2005年秋以降、ここ日本でも、特にプレミアムカーの購買層の間でディーゼルの話題が熱を帯び始めているが、アウディジャパンは「現在のところディーゼルモデルを日本市場に導入する予定はない」という。現状の販売規模では、まだブランドイメージ確立に資源を集中せざるを得ないというのが主な理由だ。しかしその一方で「今後の市場動向を注視し、市場での受け入れ環境、準備が整えば、いつでも対応できるようにしておく」とも言う。
思うに、アウディの先進でスポーティというブランドイメージを飛躍的に高める手段としてのTDIという政策は「あり」なのではないだろうか? 当面は、量を売る必要はない。たとえばA8のTDIを、先進的でグローバルな考え方を持つ企業の「社長専用車」に売り込む、なんてどうだろう?
将来的には日本でもディーゼル乗用車は一定の市場を確保することになるはず。それは世界の潮流だ。ならば、ヨーロッパで得たようなイメージ確立を再現するべく、好機を逃すことなくTDIの日本導入を検討してほしい。経済性ではなく「先進性」としてのディーゼル。アウディだからこそできる展開に、是非とも期待したい。(文:島下泰久/Motor Magazine 2006年8月号より)