プレミアムイメージを確固たるものに
S6/S6アバントにV10気筒エンジンを搭載する、と初めて耳にした時、彼らはこのモデルに、世界のスポーツサルーンの頂点に君臨するBMW M5に匹敵するカリスマ性を与えようとしているに違いない、とまずは連想した。
先に発表済みのS8用エンジンをディチューンするとはいえ、5.2Lの心臓が発生するその最高出力は軽く400psをオーバー。ランボルギーニ・ガヤルドが、開発にアウディの開発チームが深く関与をしたとされる新世代のV10エンジンをすでに搭載していたことも、「アウディは、傘下に収めたランボルギーニのブランド力を、いよいよ自らのために使う決断をしたんだナ」と、そう想像させられる要因になったものだ。
「我々は、V10エンジンを積んだ、最も洗練されたスポーツリムジンを作りたかった」、これは、ドイツで開催された新型S6の国際試乗会の場で、開発担当のエンジニア氏がまずは開口一番に述べたコメントだ。「まず決定したのは10気筒というスペック。後に、そのデザインに対して理想的な5.2Lという排気量が決まった」と、搭載エンジン決定に至るプロセスを教えてもくれた。
メルセデスやBMWを筆頭とする世界的なプレミアムブランド。その一角の地位を確立すべくこれまで尽力を重ねてきたアウディは、そうした甲斐もあって「無形のプレミアム性」という観点では確かにひと昔前よりはるかに高いポテンシャルを身に付けたと認められる。
ブランドイメージの確立にある程度の目処がついたこの時点で、それを確固たるものとするためにさらなる技術的なバックグランウンドを構築する。これは、当然考えられる戦略だ。デュアルクラッチ式のシームレスMTであるSトロニック(=DSG)や直噴シリンダーヘッド(FSI)、そして多気筒デザインエンジンのように、従来のアウディではあまり話題として取り上げられなかったパワーパック面に最近大きな投資を行っているのは、やはり注目に値するポイントだ。
ランボルギーニのV10とはまったくの別物
そんな「アウディの本気」をさらに確信させられたのは、S8/S6に積まれるこの10気筒エンジンが、ガヤルド用とは別モノの、完全新開発のユニットと聞いた時だった。
「確かにガヤルド用エンジンのテクノロジーをベースとしているし、生産工場も同じではあるものの、エンジンの性格を決定づけるボアピッチは別もの。ランボルギーニはピュアなスポーツカーであるがゆえに、アウディ車に求められる出力特性とは全く異なるものとなるし、そもそも50mmほど全長の長いガヤルド用ユニットは、S6/S6アバントのエンジンコンパートメントには収まらない」とエンジニア氏は続ける。
すなわちS8/S6に積まれるV10エンジンは、ガヤルド用のディチューン版などではなく、アウディ車のために開発された固有のユニットだったのだ。アウディは「やる気」なのである。
そんな新開発の心臓を積むS6に乗り込んで早速エンジンに火を入れた時、ぼくは事前に(そして勝手に)予想をしていた「M5に匹敵するカリスマ性」というのが誤りであることに即座に気がついた。
センターコンソール上にレイアウトされたプッシュボタンによって完爆されたこのクルマのV10エンジンは、しかし、MモデルやAMGに積まれる心臓のようにクランキングの後に一瞬高らかな雄叫びを上げるわけでもなく、あくまでもジェントルな振る舞いで静かにアイドリング回転を続けるに過ぎない。軽くアクセルペダルを煽ってみても、この段階でV8エンジンとのキャラクターの違いを見分ける(聞き分ける?)のは不可能だ。
そんな「あくまでも上品で上質な高級車用エンジン」といった風情は、基本的には走り出した後でも変わることがなかった。もちろん、圧倒的に余裕あるパワーを備えるだけに、アクセルペダルの踏み込み量によってその加速のコントロールは自由自在。組み合わされる6速ATとのマッチングにも不満はない。まずはS6というクルマが、際立った動力性能の持ち主であるのは疑いない。
「わずかに2300rpmで、すでに最大トルクの90%を発揮する」という謳い文句からも予想が付いた通り、常用域でのトルクの太さも印象的だ。ちなみに、こうしたゾーンでもまだことさらに「V10らしさ」は実感できない。耳に届くエンジンの音色も、うっかりすると「V8サウンド」などと記しそうになるものだ。
しかし3000rpm、4000rpmと回転数が高まると、そこではさすがに「スーパーな心臓」らしさが顔を覗かせる。0→100km/hがわずかに5秒プラスという加速力を生み出すパワーフィールは、やはりその緻密さが世の8気筒エンジンたちよりも多少なりとも濃密だ。
もっとも、そんな「官能的なテイスト」を享受できるのも7000rpmまでの区間。レブリミットが8000rpmを超えるような「ライバルV10」に比べると、狙いどころが異なるのはやはり明らかだ。
ところで、基本的には同じ心臓を積むS8と乗り比べてみると、このS6のシャシポテンシャルはやはりその兄貴分に一歩を譲っている印象がどうしても否めない。S8はサーキットコースでごく短時間を経験したに過ぎないが、それでもこちらは同条件で乗ったS6に比べてノーズの動きが明らかに軽やか。走りのフラット感も全般でより高く演じられ、フラッグシップモデルらしい威厳の中にもよりダイナミクス性能が長けるという、より非凡なポテンシャルを見せ付けることになった。
「わずか220kgに抑えられた」というV型10気筒ユニットだが、それでもA6ベースで成り立つS6のボディにはそれなりに荷は重いようだ。イニシャル状態ではリアに60%のエンジントルクが分配されるクワトロシステムを採用するが、250km/hという最高速までを保障するためにはそれなりに足回りをかためる必要があるということか、そのフットワークが特に低速域ではしなやかさに欠ける乗り味を呈した点にも、S8との差を実感させられた。
いずれにしても、これまでイメージ先行型でやって来たアウディに、強力な技術的バックグラウンドが存在することを強くアピールするモデル、S6にはそんな狙いと印象が特に色濃く感じられる。(文:河村康彦/Motor Magazine 2006年9月号より)
アウディS6 主要諸元
●全長×全幅×全高:4916×1864×1449mm
●ホイールベース:2847mm
●車両重量:1910kg
●エンジン:V10DOHC
●排気量:5204cc
●最高出力:435ps/6800rpm
●最大トルク:540Nm/3000〜4000rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:4WD
※欧州仕様