エモーションを喚起しながら、合理性も感じさせる
これまで何台かのいわゆる「ブランドものスポーツカー」を所有した経験から言わせていただければ、スポーツカーというものは決して皆さんが仰るところの「エモーショナル」なものではない。
いや、正確に言わせていただければ、乗っているときにはエモーションを喚起するかもしれないが、購入を考えたり、所有を通してはエモーションではなくラショナル、つまり合理的になってしまうものだ。
つまりボディの材質、エンジンの気筒数、排気量、パワー、加速力、最高速度、トランスミッション、駆動方式などなどが、他人の持っているスポーツカーと較べて劣っているのが嫌なのである。
さて、そんなレポーターの前にエモーションを喚起しながら、合理性をもくすぐってくれるスポーツカーが現れた。アウディR8である。
ワルター・ダ・シルバの手になる端正な、そして美的感性に訴えるボディは総アルミニウム製、しかもリアゲートとフェンダーはカーボン製ときている。サイズは長さ4431mm、幅1904mm、高さ1252mmで、フェラーリF430よりも81mm短く、19mm狭く、38mm高い。またポルシェ911ターボより19mm短く、52mm幅広く、48mm低い。またホイールベースは2650mmとアウディA4とほぼ同じ長さを持つ。
ミッドにマウントされるのは、アウディRS4でお馴染みの4.2L V8エンジンで最高出力は420ps/7800rpm、最大トルクは430Nm/4500-6000rpmと、フェラーリF430(490ps/465Nm)や911ターボ(480ps/620Nm)よりは劣るが、空車重量が1565kgと911ターボの1660kgより軽い。
カタログ上の最高速度は301km/h、0→100km/h加速は4.6秒と、他の2台との絶対的な数字の比較はともかく、少なくとも日常の公道上での使用においては、ほとんど比較する領域から外れており、嘆く必要はない。
キャビンはまるでA8、その広さにはビックリ
ラスベガス郊外のリッツカールトンホテルの前に並んだ15台のR8から、レポーターは迷った末にブルーメタリックのRトロニック(6速セミオートマチックギア)を選択する。
高さはおよそ1.2mとポルシェ911よりも5cm弱低いが、幅広のドアが大きく開くために、乗り込みに際してとくにアクロバチックな姿勢を取る必要はない。さらに乗り込んで驚くのはキャビンの広さである。前後、そしてヘッドルーム、さらに幅があって、まるでA8のキャビンにいるようだ。
ドライバーの正面には二つの大型円形メーター、左に9000rpm(8000rpm以上がレッド)までのタコメーター、右側には330km/h(ここアメリカでは220mph)までのスケールを持ったスピードメーターが並ぶ。そして、その両側左右には油温計と電圧計が、そして中央上には水温計と燃料計が並ぶ。そして前述したタコメーターとスピードメーターの間には小さなデジタルボックスがあって、スピードなど各種情報を呼び出すことができる。ここも細部の仕上げは素晴らしく良いのだけれども、個人的にはこれだけのハイテクスポーツカーなのだから、もう少しデジタル化を進めて整理整頓して欲しかった。ちょっと古典的過ぎだ。
スタートも最近流行りのボタンではなくイグニッションキーを古典的にまず回す。するとドライバー正面のすべてのメーターの針がまず右一杯に振れ、スタンバイ状態となる。これはまさにスバルのアイデアを失敬したものだ(最近中国のコピーをドイツメーカーはとやかく言うが、ドイツ人だってコピーするのだ)。そしてさらに捻ると、8本のシリンダーに火が送りこまれる。
フェラーリならば暖機中はバルブのガチャガチャ言う金属音が聞えるのだが、最新のFSIエンジンを持つR8は、低周波の押し殺したような音がわずかに耳に届くだけである。思わずブリッピングするが、そんな必要はなく静かで安定したアイドリングに入っている。
アルミの感触を楽しみながらシフトレバーを左側に倒し、A1、すなわちオートマチックモードのローをセレクトする。
まずは慣れないネバダ州の道へシェリフの影に怯えながら恐る恐るR8を引っ張り出す。アクチュエーターで作動するRトロニックは、低速、低回転域でのシフトは不得意でやはりギクシャクする。こんな時はマニュアルモードで早めにシフトアップする方が良い。
さすがにミッドシップ、広い道へ出るときに斜め後方の視界はやはりちょっと限られる。ちなみに駐車が心配な方は、オプションの後方カメラを注文すると良い。
さて、圧倒されるような広さと景観を持つ渓谷に、まるで糸のように地平線まで伸びる道路に入り込む。周囲に誰もいないのを確認して、ローンチコントロールを試す。4輪は悲鳴を上げ、蹴飛ばされるような加速を開始する。0→100km/hの4.6秒は軽い。またこのまま踏み続ければスタートして14.9秒後には200km/hに達するはずだが、ここでそんなことをするとジェイル(監獄)に入ることになってしまう。
ともあれこの時、クワトロシステムによってトルクは最大30%がフロントへ送り込まれ、高速域に入っても直進安定性は乱されない。そのままスロットルを踏み続けると、後方からのエンジン音はV8特有の低いバリトンとなって周囲の赤い岩に響きわたる。
スイッチひとつで劇的に変化する乗り心地
徐々に道はコーナーに富み、チャレンジングなドライブに誘ってくる。そこでダンパー(マグネティック・ライド)をスポーツロジックオンにして突入である。
R8のステアリングはトルクステアから解放され、軽快で素直、そしてミリ単位の正確さでスポーツドライブを助けてくれる。またこの操縦特性のおかげで嬉しいのは、ほぼニュートラルステアのままコーナーに飛び込んで、アンダーが出た場合に、スロットルで容易にオーバーに転じさせることができることだ。その際にESPの介入が適度に遅く、非常に穏やかなこともプラスに作用している。前後の重量配分が44対56という理想的な配分であることも手伝って、ブレーキの効果も素晴らしく、制動力、またコントロール性も申し分なかった。
こうして少し汗をかいた後に待っていたのはハイウエイドライブ、今度はすべてをコンフォートに戻して流すことにする。これまでに何度か可変ダンパー、そしてスポーツロジックの装備してあるスポーツカーを試乗してきたが、R8ほど劇的に変化するものは珍しい。帰路はまるで「ミッドシップのA8」に乗っている様な気分で快適なクルーシングをすることができた。
アウディR8はレポーターがこれまでテストしたミッドシップスポーツカーの中で傑出したクルマであった。それはこれまでミッドシップスポーツカーが抱えていたネガのほとんどを打ち消し、またミッドシップスポーツカーが持っていた美点をさらに磨いてくれた。
ドイツではすでに10万4400ユーロ(標準仕様・19%の付加価値税込み:日本円で約1650万円)で予約が始まっている。聞けば今年分は完売といわれる。
ネッカーズウルムのアウディ社内にあるスペシャル工房、クワトロ社での総キャパシティは年産4000台で、もはやフル稼働といわれている。日本へやってくるのは早くて10月、団塊世代の退職金なら十分カバーする金額だろう。
一人のオトコが厳しい競争の中を生き抜いた、そのご褒美としてこんなスポーツカーを選んでみてはどうだろうか。私がサラリーマンだったら、買うかもしれない。(文:木村好宏/Motor Magazine 2007年3月号より)
アウディR8 主要諸元
●全長×全幅×全高:4431×1904×1252mm
●ホイールベース:2650mm
●車両重量:1565kg(EU)
●エンジン:V8DOHC
●排気量:4163cc
●最高出力:420ps/7800rpm
●最大トルク:430Nm/4500-6000rpm
●トランスミッション:6速AMT Rトロニック
●駆動方式:4WD
●0→100km/h加速:4.6秒
●最高速度:301km/h
※欧州仕様