2006年12月、ポルシェ カイエンはデビュー以来初めてとなる大がかりな改良を行っている。世界的なに販売絶好調の中、この時、カイエンはどんな進化を遂げたのか。日本上陸を前に行われた国際試乗会の模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2007年4月号より)

エンジンを一新、排気量をアップし直噴化も

ポルシェがSUVなんて・・・と、今も反発したい気持ちを持っている人だって、現在のポルシェがあるのはカイエンのおかげだという事実は否定できないはずだ。カイエンが大ヒットとなったことがポルシェ社の業績を押し上げ、そして最新の911やボクスター、そしてケイマンの進化を支えてきたのは紛れもない事実である。

もちろんポルシェ社だってそのつもりでカイエンを生み出したことは間違いないのだが、しかしそれでも率直に言えば、ここまで売れるとは、おそらくは当事者であるポルシェ社自身も思っていなかったのではないだろうか。

その正式なデビュー前にポルシェ社が見積もっていたカイエンの年間販売台数は約2万台だったという。しかし、その数字は程なくして上方修正されることとなる。カイエンは誰もの予想を超えるヒットとなり、特に2003/2004年には年間4万台以上を販売。結果としてこれまでの約4年間にライプツィヒ工場から世界に向けて送り出されたカイエンの総数は、実に15万台以上に及んだ。当初の計画が年2万台×4年の計8万台だったのだから、つまりはほぼ倍の数字である。

この事実はすなわちカイエンが、従来のポルシェの顧客はもちろん、それ以外の層にまでアピールしたということを意味している。ガレージの911の隣に収められていたレンジローバーやGクラスをカイエンに置き換えた熱心なポルシェフリークばかりでなく、スポーツカーのポルシェは敬遠していたけれどこれなら……と手を伸ばした新たな顧客が、世界には想像以上に多かったというわけである。つまりポルシェはカイエンによって、ブランドの価値を下げることなく、より広い層にアピールすることに成功したわけだ。

その成功をさらに持続、発展させるべく初の大がかりなモデルチェンジを敢行したカイエン。その変更点は実に多岐にわたるが、真っ先に目が向くのはやはりそのエクステリア、とりわけその目つきではないだろうか。

従来に較べて天地に薄くなり幅が広げられたヘッドライトは、911との関連性を強く意識させた先代と較べて、カイエンの独自性をより自由に表現しているように思える。それは911が丸目に戻ったこともあるが、やはりカイエンが成功して、それ自体がブランドとなりつつあるからこそ可能になったことのはずである。それに伴ってフェンダーやバンパーの形状を一新したことで、そのフロントマスクはより精悍さが強調された。並べて見ると先代が可愛らしく見えてくるほどだ。

その他の変更点はテールランプやリアバンパー、ルーフスポイラーなど。しかし率直に言えば、ディテールは全体にオーバーデザインな気がしなくもない。確かに迫力が増したことは間違いないが。インテリアにはほとんど手がつけられなかった。価格に見合った高級感という意味では、こちらこそ何らかの変更があっても良かったのではないだろうか。

しかし、もっとも注目すべきはやはり中味の進化だ。その点で新しいカイエンは期待に十二分に応えてくれるものとなっている。

最大のトピックはV型8気筒のターボとNA、そしてV型6気筒の3種類のエンジンすべてが一新されたことだ。すべてに共通なのがまず排気量アップ。V型8気筒は従来の4.5Lから4.8Lに、V型6気筒は3.2Lから3.6Lとされた。同じく全車とも直噴化、圧縮比アップも実施。さらにV型8気筒にはバリオカムプラスが備わり、ターボには新型タービンとショートタイプのインテークマニフォールド、自然吸気には可変吸気システムが採用されたのが主な特徴である。

その効果は甚大で、カイエン・ターボのスペックは現行モデルの50ps増しとなる最高出力500ps、最大トルク700Nmを達成。カイエンSはやはり45ps増しの最高出力385ps、最大トルク500Nmを、そしてカイエンも最高出力290ps、最大トルク385Nmと、現行モデルに対して40ps増しの出力を得るに至っている。排気量を拡大しているのだから、このぐらいの出力アップは当然と思われそうだが、エンジニアの弁によれば、直噴化しなければ同じ出力のためにもっと排気量を拡大する必要があったはずであり、また出力アップにもかかわらず燃費を約15%低減できたのは、やはり直噴機構を採用したことの恩恵だという。

実際、動力性能は目に見えて向上している。特にその幅が大きいのがカイエン。エンジンフィールは結構荒々しく、室内に飛び込んでくる音も大きめだが、その分ピックアップも鋭く回転フィールにはドライバーを鼓舞させる魅力がある。力強さも増していてティプトロニックSとの組み合わせでも痛痒を感じさせないほど。アクセルのツキも良く小気味よく走ってくれる。この軽快感は、あえて素のカイエンを選ぼうという気に十分させるものだ。

画像: カイエンターボ。エキゾーストが左右デュアル出しとなる。カイエン、カイエンSは左右シングル。フェイスリフトでテールランプやリアバンパー、ルーフスポイラーなどのデザインに手が加えられた。写真はカイエンターボ。

カイエンターボ。エキゾーストが左右デュアル出しとなる。カイエン、カイエンSは左右シングル。フェイスリフトでテールランプやリアバンパー、ルーフスポイラーなどのデザインに手が加えられた。写真はカイエンターボ。

熟成が進んだ足まわりが快適性抜群の乗り味を実現

それに較べるとカイエンSはやや大人しく感じる。というのも、排気量アップの余裕が低中速域に振り分けられたおかげでフラットトルクな印象がより強まっているからだ。しかし実際にはこういう特性こそが速い。上り勾配で右足に力を入れるまでもなくスルスルと加速していく様には、やはり感心させられることしきりであった。

カイエンターボの印象もそれと近い。こちらはさらにエンジンの回転の粒が小さく滑らかになったこともあって、最高出力は大台の500psにも達したにもかかわらず、むしろ扱いやすく洗練された印象すら醸し出している。とは言え、もちろん絶対的な速さも確実に増している。6400rpmからのレッドゾーンを飛び越える勢いで吸い込まれるように回り、巨体を凄まじい勢いで加速させる迫力は相変わらずである。

それと並ぶ新しいカイエンのもうひとつのトピックがPDCC=ポルシェ・ダイナミック・シャシー・コントロールだ。これは要するに油圧作動の電子制御式アクティブスタビライザー。最大0.65Gまでの横方向加速度に対して反力を生み出すことでゼロロールを実現する一方、通常走行時にはスカイフック制御によって路面の凹凸や起伏にかかわらず車体を水平に保ち乗り心地を向上させ、さらには必要に応じて前後のロール剛性を変化させステアリング特性を最適に制御するというのが、そのあらましである。これはカイエンターボに標準装備、他モデルにやはりエアサスペンションとセットでオプションとして設定される。

その効果は走り出せばすぐに明らかになる。PDCC付きのカイエンはスペインの荒れた舗装の上でも4輪をしっかりストロークさせて良好な接地状態を保ちながら、しかし車体はあくまでフラットなまま駆け抜けるのだ。路面が大きくうねっていても車体はほとんど煽られることなく、きわめて快適な乗り味に終始する。従来のカイエンで感じたブッシュコンプライアンスに拠るものと思しきユサユサとした動きや大きな突き上げも、もはや微塵も感じられない。これはPDCCあるいはPASM以前にサスペンション全体のファインチューニングが進んだせいでもあるだろう。引き締まっていながら快適性も抜群の、きわめて上質な乗り味が実現されているのである。

だが快適な乗り心地は新しいカイエンの実力のほんの一部に過ぎない。その本領が発揮されるのは、やはりスポーティに走らせた時。S字コーナーのひとつでも抜ければ、誰もが感嘆の声をあげるはずである。

画像: ヘッドライト、フェンダー、フロントバンパーの形状が一新されて、精悍さがより強調されたポルシェ カイエン。写真はカイエンターボ。911ターボ風にフォグランプがエアインテークの上側にレイアウトされる。カイエン、カイエンSのフォグランプは縦型となる。

ヘッドライト、フェンダー、フロントバンパーの形状が一新されて、精悍さがより強調されたポルシェ カイエン。写真はカイエンターボ。911ターボ風にフォグランプがエアインテークの上側にレイアウトされる。カイエン、カイエンSのフォグランプは縦型となる。

SUVの枠を超越したポルシェらしさを凝縮

ステアリングの手応えはポルシェらしくきわめてリニアで、切り込めば一発目から狙った通りのラインを正確にトレースできる。この辺りは現行モデルとさほど変わらない。実際のところはわからないが少なくとも感覚的にはロールは皆無ではなく、それ故に不自然さもない。しかし本当の驚きが訪れるのは、次のコーナーに向けて逆方向に切り返した時。当然想定している、外輪にのしかかった車重が反対側に移る時の重たげな感覚がまるでなく、ドライバーの操作にまったく遅れず極めてタイトに次のコーナーへとターンインしていくことができるのだ。

これはまさにPDCCの効果。ロールを抑えハンドリング特性を最適化することで、車重が嵩み重心も高いSUVが、スポーツカーのようにソリッドに走ってしまうのである。今までだってカイエンはそういうSUVだったが、PDCCを得た新型では、もはや「SUVにしては」なんて接頭語は不要だとすら言いたくなる。しかもフルタイム4WDのSUVだからこそ、それをどんな条件下でも楽しむことができるのだ。そう、実は今回の試乗は大半がワイパーを最速にしても足りないくらいの豪雨の中で走るはめになったのだが、それでも十分、カイエンを満喫することができたのである。

あるいはカイエンのヒットの要因は、まさにそこにあるのかもしれない。単にポルシェらしさを味わえるSUVという範疇を超え、カイエンはSUVだからこそ味わえるポルシェの魅力をそこに濃密に宿している。それはポルシェというブランドが自分たちの魅力や特質を自身でよく理解しているからこそ可能になったこと。与えられた条件や材料をもとに、何をどうすればポルシェになるのか彼らはよくわかっている。カイエンはポルシェらしさを薄めて拡げたのではなく違う間口から見せることで、結果として沢山の人々を振り向かせたわけだ。

そして新しいカイエンではさらに一歩進んで、カイエン独自の魅力をもこれまで以上に強調しはじめた。それこそ911との関連性を強調するより、ならではの個性を重視したと思しきそのフロントマスクには、それが象徴されていると言えるのではないだろうか。

ポルシェの魅力をより広い門戸に開放し、その上で独自の個性をこれまで以上に強く主張しはじめた新カイエンは、その世界をより一層広い範囲に拡大し、さらなる成功を収めることになる。試乗を終えて思ったのはそんなことである。価格はすでに発表され、デリバリーもあとわずかで始まる。(文:島下泰久/Motor Magazine 2007年4月号より)

画像: 伝統の5連メーター、ステリングコラムの左側にあるイグニッションスイッチ、バックレスト一体型のヘッドレストを持つスポーツシートなど、インテリアにはポルシェらしさがあふれている。

伝統の5連メーター、ステリングコラムの左側にあるイグニッションスイッチ、バックレスト一体型のヘッドレストを持つスポーツシートなど、インテリアにはポルシェらしさがあふれている。

ヒットの法則

ポルシェ カイエン 主要諸元

●全長×全幅×全高:4798×1928×1699mm
●ホイールベース:2855mm
●車両重量:2160kg
●エンジン:V6DOHC
●排気量:3598cc
●最高出力:290ps/6200rpm
●最大トルク:385Nm/3000rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:4WD
●最高速:227km/h
●0-100km/h加速:8.5秒
※欧州仕様

ポルシェ カイエンS 主要諸元

●全長×全幅×全高:4798×1928×1699mm
●ホイールベース:2855mm
●車両重量:2225kg
●エンジン:V8DOHC
●排気量:4806cc
●最高出力:385ps/6200rpm
●最大トルク:500Nm/3500rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:4WD
●最高速:250km/h
●0-100km/h加速:6.8秒
※欧州仕様

ポルシェ カイエンターボ 主要諸元

●全長×全幅×全高:4795×1928×1694mm
●ホイールベース:2855mm
●車両重量:2355kg
●エンジン:V8DOHCツインターボ
●排気量:4806cc
●最高出力:500ps/6000rpm
●最大トルク:700Nm/2250〜4500rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:4WD
●最高速:275km/h
●0-100km/h加速:5.1秒
※欧州仕様

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