優しい走り味と攻撃的なパフォーマンス
こうした流れの中で登場したのが、今回紹介するグラントゥーリズモS。今年のジュネーブショーでデビューしたこのモデル、その成り立ちは新開発の4.7L V8エンジンに、なんとトランスアクスル方式の電子制御2ペダルトランスミッション「MCシフト」を組み合わせるという驚くべきものだ。
まずはAT仕様でグラントゥーリズモを登場させた後、それに飽き足らないユーザーのために、スポーツ性能を極限まで高めた究極のドライビングマシンをデビューさせるという、クアトロポルテとは逆のシナリオには唸るばかりだ。
4.7L V8エンジンはフェラーリとの共同開発となるものだが、もちろん誇り高きマセラティ流の仕上げの手が加えられているのはいうまでもない。排気量を4691ccに拡大して440ps/490Nmまでパワーアップすると同時に、マセラティの思想が色濃く注がれている。
MCシフトは、オートノーマル、オートスポーツ、オートアイス、マニュアルノーマル、マニュアルスポーツ、マニュアルスポーツMCシフトという6つのモードを設定する新開発の電子制御セミオートトランスミッションで、マニュアルスポーツMCシフト モードではクラッチの断続操作をオーバーラップさせることで、最速で0.1秒のシフトを可能にするなど、これまでのものから大きく進化している。フェラーリで言うところの、F1スーパーファストと考えるとわかりやすい。
ピニンファリーナ デザインの外観はさらに精悍さを増し、厳選された素材で「いけない贅沢」をしているような背徳な魅力さえ感じさせるインテリアは相変わらず艶っぽい。
走り味は意外と優しい。MCシフトもスムーズで、ドライブはいたってイージー、なんとも心地よい。エンジンはゆるゆると回り、アクセルを踏み込まずともすぐに制限速度に達してしまう。20インチのタイヤを装着しながら、どうしてこうもゆったりと静かにできるのかと感心するほどだ。
ところが、ひとたび適度なうねりとワインディングのあるアウトストラーダに入ると、途端に走りが生き生きとしてくる。思わずアクセルを踏み込み、パドルを操作する。気分も少しばかり高揚し、スポーツモードに入れてみると、これまでとは別の世界が見えてくる。
さらにワインディングに入ると、情熱ほとばしるエキゾースト音とともに、スポーツカーらしい俊敏な動きを見せる。47:53という前後重量配分のおかげか10%ほどダンパー減衰力を強化したことによるものなのか、ノーズがぐいぐいと入り、あたかもボディがコンパクトになったかのような身軽さで安心してコーナーに進入することができる。3500rpmを超えたあたりからの吹け上がりとサウンドはゾクゾクするほどの興奮を覚える。
当初、「スポーツモードを選択するとエキゾーストサウンドが変化し、エンジン吹け上がりも俊敏になる」というスーパーエキゾーストシステムを子供っぽい装備と感じていたが、実際に体験すると、そんななまやさしいものではない。
優しい走り味と攻撃的なパフォーマンス。この二面性こそマセラティなのだろう。徹底したスタビリティプログラムを用意した上で、それをカットすることも可能で、最後はドライバーの手にゆだねるという姿勢もいかにもマセラティだ。
そして、さらにその先には、めくるめく世界が待っている。その圧倒的なパフォーマンスを余すことなく発揮させるためには、クルマを支配しているという絶対的な自信が必要だろう。匂い立つような贅沢さと危険な薫りは、マセラティの出自がレーシングカーコンストラクターであることを思い出させるものだ。
イタリア・モデナにある本社工場で生産されるグラントゥーリズモSは、組み付け前にまずエンジン全機がベンチテストにかけられ、完成後にはモデナ近郊のアウトストラーダやワインディングで1台1台が入念にチェックされるという。我々が試乗を行ったルートで、ちょうど完成テストが繰り返されていた。(文:松本雅弘/Motor Magazine 2008年8月号より)
マセラティ グラントゥーリズモS 主要諸元
●全長×全幅×全高:4881×1915×1353mm
●ホイールベース:2942mm
●車両重量:1955kg
●エンジン:V8DOHC
●排気量:4691cc
●最高出力:440ps/7000rpm
●最大トルク:490Nm/4750rpm
●駆動方式:FR
●トランスミッション:6速AMT(MCシフト)
●最高速:295km/h
●0→100km/h加速:4.9秒
※欧州仕様