Sモデルはいわば極上のスポーツモデル
改めて、目の前にあるS5をじっくり眺めてみる。明らかにA5とは違うオーラを放っているものの、BMW M3やメルセデス・ベンツC63AMGほどの威圧的な迫力には欠ける。アウディ通なら一目瞭然だろうが、フツウのクルマ好きにはA5のSライン仕様と同じクルマにしか見えない。
独特なデザインのスポーツシートに腰掛け、専用デザインのステアリングホイールを握りしめてもまだ、MやAMGのように、緊張感を楽しむ気分にならない。あくまでも冷静だ。
エンジンスタートボタンを押す。やや太めのアイドリング音がするだけで、周囲を憚るような演出はない。走り出しても、気分をことさら盛り上げるような演出過剰なエグゾーストノートはない。落ち着いている。
まるでノーマルラインアップと同じような雰囲気で、乗り心地で、扱いやすさで、淡々と走り始める。ドーピング的な高揚感を期待してはいけない。
高速道路に入る。S5には標準装備となるアウディドライブセレクトを、私は躊躇うことなく、インディビジュアルセッティングにした。
ダンピングだけをダイナミックにセットして、エンジンとギアシフトをコンフォートに合わせる。こうすれば、とても平穏な高速クルージングができることを、A5のドライブセレクトですでに学んでいたからだ。
実際、そのグランドツーリング感覚をひとことで言えば「極上のA5」である。もちろん、V8パワーの余裕と迫力を楽しもうと思えば楽しめるのだが、それを知ってもなお、高速道路という湯船にゆったりと浸かって高速クルージングを満喫したいという気持ちが勝つ。恐らく、4ドアサルーンのSシリーズならば、もう少し違う、どちらかといえば攻撃的な気分になるはず。このS5が、ベースとなった美しいシルエットをそのままに高性能化したモデルであるからこそ、私はA5の時と同じようにゆったりとした時間を過ごしたいと思ったのかも知れない。
誤解のないように付け加えると、例えば高速ワインディングなどで走らせれば、新しい重量配分の妙か、素晴らしいバランス感覚でスポーツドライビングを楽しむことだってできる。これまでのアウディSシリーズにはなかった、ドライバーの腰まわりを中心としたハンドリングを楽しむことができる。ただただ爽快で、気分のいいひととき。求めれば、それにだって応えてくれる懐の深さを、S5は持ち合わせていた。
高速道路における冷静なクルージングと、ワインディング路における底抜けの爽快さ。それらは、いずれも既存のS6やS8にはないものだ。