フェラーリのフラッグシップがFRであるわけは・・・
1996年に550マラネロがデビューして以降、フェラーリのフラッグシップを務めてきたカタログモデルはいずれも、フロントにエンジンを搭載してきた。これは「ミッドシップの方が優れている」と信じる熱狂的スーパーカーファンにとって、納得しがたいことだろう。にもかかわらず、なぜフェラーリはフロントエンジンモデルにフラッグシップのステータスを捧げ続けてきたのか?
フェラーリはスーパースポーツカーであると同時に、たぐいまれなラグジュアリーカーでもある。そのオーナーがスーパースポーツカーとしてのパフォーマンスをこよなく愛していることは間違いないが、彼、もしくは彼女の普段の暮らしぶりはどうだろう?
閑静な住宅街にせよ都会の真っ直中にせよ、彼らの住まいは広々としていて、洗練された調度類がぜいたくに飾られているのは間違いない。そんな彼らがスパルタンなコクピットにあえて乗りたがるだろうか?もしも同じパフォーマンスであれば、広々としていて快適なキャビンを選ぶのが自然な心理。フェラーリがフロントエンジンをフラッグシップモデルの座に据えてきた理由は、どうやらこのあたりにあったようだ。
では、そんなフロントエンジンフェラーリの居住性とはいかなるものなのか? 最新の812GTSで検証してみよう。
驚くほど快適な室内空間エレガントな時間も過ごせる
まず、一般的なミッドシップに比べると足もとが格段に広い。これは812GTSがフロントミッドシップ方式を採用しているために前輪がキャビンから遠く離れており、ホイールハウスが足もとスペースを侵食しないため。これに比べるとミッドシップはホイールハウスのでっぱりがあるせいでペダルが左右にオフセットしているケースが多く、これが「足もとが狭い」と感じる要因となっている。
もうひとつのメリットは、キャビンが前後に長く感じられる点にある。これは推測だが、ミッドシップは平面的なファイアーウォールでキャビンとエンジンルームを隔てているため、レイアウトで融通を利かせるのが難しいという側面があるのかもしれない。
一方、トランスアクスル方式を採用する812GTSは、足もとがギアボックスで圧迫されずに済むうえ、運転席のシートバックはまさにリアアクスルにもたれかかるような位置にレイアウトされている。その意味でいえばフロントエンジンの方が効率的なパッケージングを作りやすそうだ。
さらに、フロントエンジンレイアウトとは直接的に関係のないことだが、812GTSのインテリアはきわめて上質に、そしてきわめて豪華に作り込まれている。レザーは手触りがソフトで、驚くほど質感が高い。スイッチ類の操作感も申し分なし。スポーティでありながら抜群のエレガントさが表現されたデザインを含め、超富裕層と呼ばれる顧客を満足させるのに十分な完成度を誇る。
ハンドリングの面でも、812GTSは驚きに満ちている。排気量6.5LのV12ユニットというスペックが信じられないほどコンパクトに仕上げられたエンジンは、完璧にホイールベース内に収められている。それも極限まで低い位置に搭載されているのは明らか。こうして、重量物を重心近くの低い位置に集中させるというレーシングカーとまったく同じ手法が採用された結果だろう。
軽めのハンドルをスッと切り込むと、驚くほどの俊敏さでノーズの向きを変えようとする。その反応の素早さ、そしてストレスの少なさは、ミッドシップとなんら変わらない。いや、スピンを回避するために反応をあえて鈍くした凡庸なミッドシップカーよりむしろ、反応はシャープで俊敏だ。
それでいながらスピンの気配さえ感じさせず、後輪が卓越した接地性を示してくれるのは、フロントエンジンが本質的に持つスタビリティの高さと、4WSを採用してリアのグリップを改善した恩恵であるはず。さらにハンドルを通じて前輪がしっかりと路面を捉えている様子が伝わってくるので、安心感の点でも申し分ない。
乗り心地も快適だ。ヒップポイントがリアアクスルと極めて近い関係にあることは前述のとおりだが、にもかかわらず直接的なショックを感じることは一度もなかった。もっとも、単に硬軟だけを論じれば、812GTSの足まわりは間違いなく硬い部類に入る。
それでも、上質なパーツをていねいにチューニングすることで、不快な振動や直接的な衝撃を徹底的に吸収しているのだろう。極めて硬質なボディも、上質な乗り心地を実現するうえでは見逃せない役割を果たしている。