電動化路線の中で気を吐いた純ガソリンエンジン搭載「R」の存在
「ウエイトゥゼロ」をキャッチフレーズに、クルマのライフサイクル全般にわたっての脱炭素化を追い求めるフォルクスワーゲン。そのプロジェクトには生産やサプライチェーンでの脱炭素化、さらには駆動用バッテリーのリサイクルといったメニューまでもが含まれるものの最大の柱となるのは、やはり「e-モビリティ」と紹介される車両自体の電動化である。
実際、2030年までに欧州でのBEV販売台数の割合を少なくとも70%、北米と中国でも50%以上にすることを目指すというこのブランドは、実績として年にはおよそ26万3000台のBEVを世界市場に提供済み。今後、数年間は少なくとも毎年1車種ずつ新型BEVを発売する予定で、欧州マーケットではエンジン搭載車の生産を2033年から35年の間に終了するとも宣言済みだ。
しかし、グループ傘下の各ブランドに提供するモデルも含めると早急な充電インフラの整備は困難と考えられる地域も重要なマーケットとする同社の場合、一部先進国の富裕層だけをターゲットとするプレミアムブランドが目指すような早急な完全電動化戦略は難しい。そうした事情もあってか、かくも電動化への積極姿勢は示しながらもICE(内燃エンジン)の開発も止めるのではなく、むしろ強化する方針を鮮明にしていることは見逃せない特徴と言える。
事実、22年には現在のフォルクスワーゲンの主力パワーユニットでもある1.5Lのターボ付き4気筒ガソリンエンジンに大幅なリファインを施して「TSIエボ2」と呼ばれる仕様に進化させたことも話題になった。さらに日本市場に目を転じれば「R」の名が与えられる純ガソリンエンジン搭載のハイパフォーマンスモデルの拡充も目立ったトピックだった。そのハイライトが、真打ちとも言えるゴルフシリーズへついに「R」が追加設定されたことだろう。その注目モデルの実力を、今回はたっぷりとチェックしてみた。
熱い走りに対する高い期待際立つ存在感を周囲に発揮
「ゴルフ8」こと現行型のゴルフに「R」グレードが発表・発売されたのは、実は欧州では20年11月にまで遡る。昨今の生産や物流の混乱ぶりを考えればやむを得なかったとはいえ、そのタイムラグはほぼ2年近くにもなるので、ずいぶんと待たされた感を受けるのは否めないところだろう。
それでも「ゴルフ史上もっともパワフル」と称される320psという最高出力や、リアアクスルのディファレンシャルギアを廃した上で左右2組の電子油圧制御式多板クラッチを設け、その圧着力を加減することで左右後輪へのトルク伝達力を自在にコントロールする「Rパフォーマンストルクベクタリング」の標準採用、さらにオプション設定される電子制御式の可変減衰力ダンパー「DCC(ダイナミックシャシーコントロール)」や電子制御式フロントディファレンシャルロックシステム「XDS」、4WDシステムと統合制御される「ビークルダイナミクスマネージャー」といった興味深い内容のトピックを知れば、熱い走りに対する期待値がいよいよ高いものになったというのも、間違いのない事柄だ。
「R」の称号が与えられたゴルフRは、適度に強力な心臓を搭載すると同時にカジュアルでスポーティな装いを採り入れ、現在ではフォルクスワーゲン車を代表するひとつのブランドとしてゴルフのみならずその弟分であるポロにも再び新たに展開される「GTI」とは明確に一線を画する、圧倒的に高い走りのポテンシャルを備えていることは確実。むしろ、GTIの実力の高さを知るからこそ、それを大幅に凌ぐRならではと言える走りへの待望感が高まった、と言っても過言ではない。
新型ゴルフRは、まず一見した段階で、ゴルフのバリエーション中でも特別なオーラを感じさせる、際立った存在感が印象的なモデルでもある。専用のチューニングが施されたサスペンションに、薄く大径のタイヤ&ホイールを組み合わせて低く構えるその佇まいはもとより、開口部の大きさが強調されたフロントマスクやブルーペイントで「R」のロゴがあしらわれたフロントブレーキのキャリパー、4本出しのテールパイプを備えるなどしたエクステリアは、いかにも「ハイパフォーマンスモデルの数々のツボを押えた」とでも表現したくなる、スポーツ派ドライバーの心を昂らせる仕上がり。インテリアも、Rモデル専用のファブリックとマイクロフリースを用いたバケットタイプのフロントシートなど、R専用の特別な仕立てを採用することで、さりげなく魅力的に仕上げられている。
「R専用レザーマルチファンクションステアリングホイール」という長い名前が与えられたアイテムの左スポーク上に配された“R”の文字を模した記号が描かれるブルーのボタンは、Rモデルならではの秘めた実力を引き出す「秘密のスイッチ」とでも言うべき存在。
このボタンをワンタッチすることで、即座にもっともホットなドライビングモードである「レース」がチョイスされ、操舵力がグッと増し、排気サウンドに派手なバブリングの演出が加わり、7速DCTのシフトプラグラムは減速時に次の加速に備えた早めのダウンシフトを行うようになるなど、走りのキャラクターが一変する。
今回のテスト車のように、標準比で1インチ大径な19インチのタイヤ&ホイールと前出の電子制御式の可変減衰力ダンパーがセットとなる「DCCパッケージ」をオプションでチョイスしている場合には、路面のオウトツこそシャープに拾うもののストローク感そのものは比較的マイルドで、時に「しなやか」という表現すら使いたくなる標準モードでのフットワークのテイストは強く引き締まった乗り味へとこちらも一変し、まるでまったく異なった2台のモデルを乗り分けるような楽しみを味わうことができるのだ。