富士スピードウェイを舞台に、国内レース最長の戦いを繰り広げる「NAPAC 富士SUPER TEC24時間レース」が開催された。見どころのひとつは、開発車両専用クラス「ST-Q」クラスの挑戦。合成燃料、バイオフューエルに加え、世界初の液体水素燃料まで実戦に投入して「カーボンニュートラル」実現に寄与する。そこで今回は、水素エンジン搭載のGRカローラ H2コンセプトにスポットを当てよう。

新たな可能性を広げる「液体水素」で世界初!の快挙

2021年の初挑戦依頼、今やすっかりスパ耐名物となった通称「水素エンジンカローラ」こと32号車ORC ROOKIE GR Corolla H2 conceptは今シーズン、新たな変革の時を迎えた。

画像: 迫力満点のGRカローラがベース。液体水素タンクの搭載などによって、従来よりも後方がやや重くなったというが、前後重量配分がかえって適正化されることになったという。スタート前の予告通り、基本的には1スティント15ラップをこなした。将来的には、20ラップを目指して開発を進めるようだ。

迫力満点のGRカローラがベース。液体水素タンクの搭載などによって、従来よりも後方がやや重くなったというが、前後重量配分がかえって適正化されることになったという。スタート前の予告通り、基本的には1スティント15ラップをこなした。将来的には、20ラップを目指して開発を進めるようだ。

いわゆるICE(内燃機関)として水素燃焼のエネルギーを直接利用しているが、理論上はガソリンエンジンと同等の基本性能を実現しているという。水素を使って発電して電気モーターで走るFCEV(燃料電池車)のように、大容量バッテリーや電気モーターなどの機械的コンバージョンは必要ない。よりドロップインのイメージに近い、既存技術との親和性の高さが魅力だ。

今回、実戦投入されたのは「世界初」を謳う、液体水素を燃料とするシステムだ。こと市販モデルへのフィードバックという意味で注目すべきは、従来の圧縮水素に対して液体燃料は同容量のタンクなら約4倍多く充填が可能で、体積当たりのエネルギー密度も高いところ。

液体水素を搭載するタンクはデザイン的な自由度が高く、パッケージ性能も考慮しなければならない乗用車においては大きなメリットとなりうる。ちなみに水素エンジンカローラの場合は、満充填からの航続距離が従来比で約2倍に伸びているというから、すごい。

充填に必要なインフラが、コンパクト化できることもメリットといえるだろう。レースシーンにおいては、圧縮水素使用時と比べて4分の1程度の面積で済む水素ステーションを岩谷産業とともに共同開発することで、ピットエリア内での「給水素」を可能にした。ちなみに充填時間そのものは1分半ほどだという。

画像: 液体水素には、貯蔵や充填の際にマイナス253度より温度を低く保つ必要がある。極低温下での燃料ポンプ技術のほかにも、タンク内で自然に気化してしまう燃料ロス(ボイルオフと呼ばれる)の対策、Nox抑制と出力向上の両立などなど、市販化モデルへの展開が期待される技術は枚挙にいとまがない。

液体水素には、貯蔵や充填の際にマイナス253度より温度を低く保つ必要がある。極低温下での燃料ポンプ技術のほかにも、タンク内で自然に気化してしまう燃料ロス(ボイルオフと呼ばれる)の対策、Nox抑制と出力向上の両立などなど、市販化モデルへの展開が期待される技術は枚挙にいとまがない。

エンジンそのものは従来と変わらないが、燃料供給装置にはそれに対応したポンプを新たに採用している。

一般的には、気体ではなく液体水素を燃料として使用することがどれほどハードルが高いものかを理解するのは、難しいかもしれない。それでも、本来は3月に開催された開幕戦でデビューするはずだったマシンが、車両火災というトラブルに見舞われて出場を断念したことだけ見ても、それなりに課題が多いことは認識できるだろう。

技術的にはあくまで市販化を前提に取り組んでいる以上、その対策は付け焼刃なものでは許されない。だからこそ時間をかけて、高温となる部分への対策や万が一の水素漏れなどに対する異常検知機能の強化といった改良が施されている。

さまざまな技術的フィードバックが期待できる「358ラップ」

さて、気になるレースの結果はと言えば・・・32号車は見事に完走を果たした。決勝レースをライブ配信で視聴していた編集部スタッフによれば、ピットインしている時間がずいぶん長く、回数も多かったように思えたそうだ。なんらかのトラブルを抱えているのか?と心配したらしい。

画像: 液体水素への変更で、ドライバーの中には「アクセルを一瞬戻した時のリカバリーが難しい」という印象が語られていたという。セッティングそのものは昨年に比べると出力もトルクも抑え気味だったというが、決勝ではペースよく周回を重ねることができた。

液体水素への変更で、ドライバーの中には「アクセルを一瞬戻した時のリカバリーが難しい」という印象が語られていたという。セッティングそのものは昨年に比べると出力もトルクも抑え気味だったというが、決勝ではペースよく周回を重ねることができた。

実はそれは、大いなる誤解だった。新採用のポンプは数時間に1回の交換が必要で、しかも約3~4時間の作業時間がかかることは、あらかじめ公表されていた。航続距離が伸びたといっても、30~40分毎(事前には15ラップ毎と伝えられていた)に燃料充填のためにピットインすることもあって、24時間での周回数はけっして多くはなかったわけだ。

それでもレース中のベストラップは、2分2.760秒をマークしているから立派なものだ。1500~2500ccの排気量でGR86やロードスターRFが含まれるST4クラス(おおむね1分59秒台から2分3秒台)と互角以上の「速さ」をマークしていることからも、そのポテンシャルは十分に高いと思える。

もちろん、クルマはエンジンだけで走るわけではない。今シーズンのマシンは液体水素の採用によって従来比で250kgほど重くなっているものの、それに合わせたボディ系の強化が施されるとともに、サスペンションのチューニングレベルも引き上げられた。さらには、4輪駆動システムの制御についても熟成が進められている。

画像: 使用される燃料の一部には、HySTRA(川崎重工、岩谷産業などが参画する技術研究組合)のプロジェクトとして、豪州から輸送された褐炭由来の液化水素が使用された。「つくる」「はこぶ」「つかう」という一連のプロセス、それぞれに課題はある。それでも将来的には、再生可能エネルギー由来のグリーン水素100%が理想だろう。

使用される燃料の一部には、HySTRA(川崎重工、岩谷産業などが参画する技術研究組合)のプロジェクトとして、豪州から輸送された褐炭由来の液化水素が使用された。「つくる」「はこぶ」「つかう」という一連のプロセス、それぞれに課題はある。それでも将来的には、再生可能エネルギー由来のグリーン水素100%が理想だろう。

勝敗はさておき、さまざまな意味で市販車への技術的フィードバックが期待できる「価値ある358ラップ」だった、と言えるだろう。

加えて、ル・マン24時間耐久レースでの水素燃焼エンジン搭載車の公認が決まったこともあって今後、トヨタを中心とした「仲間たち」による技術開発のスピードは、なおいっそう加速することが予想される。

水素を燃焼させて走るICEな市販モデルへの道のりはもしかすると、私たちが思っているほど遠くはないのかもしれない。(写真:井上雅行)

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