ツーリングカーレースが日本で一番熱かった9年間を1冊にまとめた「グループAレースクロニクル1985-1993 JTC9年間の軌跡(モーターマガジン社/定価2970円)」が1月31日から発売されている。ここでは、そこからの抜粋を2回にわたりお届けする。

戦いが熱気を帯びるに連れて、観客数もうなぎ上りに

第4戦は、真夏の筑波の風物詩ともなっている「レース・ド・ニッポン」。8月18、19日の筑波サーキットには、5万人を超える大観衆が観戦に集まった。

画像: 国産車勢では気を吐いていたMA70スープラ。トヨタはターボAを投入するが、車重に苦しみ上位入賞がやっとという感じ。

国産車勢では気を吐いていたMA70スープラ。トヨタはターボAを投入するが、車重に苦しみ上位入賞がやっとという感じ。

ポールポジションはリーボックスカイライン(長谷見)、2位はカルソニック スカイライン(星野/鈴木)で、ラップタイムはともに58秒台に入った。

決勝では序盤でリーボック スカイラインがターボトラブルでリタイアするが、カルソニックが順調に周回を重ね、2位のアートネーチャー・シエラ(寺田陽次郎/赤池卓)に4ラップ差で圧勝。3位はピューミニ トランピオ シエラ(清水和夫/松田秀士)だった。

画像: ディビジョン2では1987年にBMW M3が登場。こちらも他の車種では太刀打ちできない速さを見せた。写真はアドバン・アルファM3(右)とオートテックM3。

ディビジョン2では1987年にBMW M3が登場。こちらも他の車種では太刀打ちできない速さを見せた。写真はアドバン・アルファM3(右)とオートテックM3。

第5戦「ハイランドグループA300km選手権レース」は9月30日に開催。ここでは清水和夫/影山正彦もシエラからGT-Rにマシンをチェンジ。

ウエットレースで4WDのGT-Rの強さが際立ち、ポールポジションはカルソニックスカイライン(星野/鈴木)、2番手にリーボックスカイライン(長谷見/オロフソン)。決勝でもこのままの順位でゴール。3位は予選7位から追い上げたスカイライン(清水/影山)が入った。

この年の最終戦となった「インターTEC」は富士スピードウェイで11月11日に開催。観客は8万7500人という当時、富士史上最多を記録。

予選ではカルソニックスカイライン(星野/鈴木)がコースレコードでポールポジション。2位もリーボックスカイライン(長谷見/オロフソン)が続く。

決勝はこの2台が常にレースをリード。前年の覇者であるフォードシエラRS500を全く寄せ付けず、カルソニック、リーボックの順でゴールインとなった。

画像: ディビジョン1ではシビックが相変わらず速さを見せる。1990シーズンはVTECエンジンを搭載したEF9となり戦闘力を増す。写真のジャックスシビックは村松栄紀、中谷明彦がドライブ。

ディビジョン1ではシビックが相変わらず速さを見せる。1990シーズンはVTECエンジンを搭載したEF9となり戦闘力を増す。写真のジャックスシビックは村松栄紀、中谷明彦がドライブ。

画像: 1990年のインターTECはカルソニック、リーボックというGT-Rの巨頭が1-2フィニッシュ。圧倒的な速さで初の国産車による制覇となった。

1990年のインターTECはカルソニック、リーボックというGT-Rの巨頭が1-2フィニッシュ。圧倒的な速さで初の国産車による制覇となった。

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