数々のレーシングカーたちが、スクリーン狭しと走り抜ける!
マイケル・マン監督が、不遜と称されたエンツォ・フェラーリの人間性を描く、こんな場面がある。早朝に家を出るときに、まだ眠っている息子とその母親を自身のクルマのエンジン音で起こさぬように気遣い、当時愛用していたプジョー 403ベルリーヌのエンジンをかけずにクルマを押して家の門を出て行く場面だ。その場面を観るだけでも、フェラーリという人物が、けっして不遜と称されただけの男ではないことが分かる、人間味をかいま見ることが出来る。
マイケル・マン監督は、そうしたちょっとした“男の気遣い”を映画の中で見せることで、登場人物たちに愛着を持たせてくれる手法をよく使う。それは本作品で描かれるワンシーンだけでも見てとることができる。
そしてレースシーンが白眉となる本作では、登場する数々の名車たちを紹介しないわけにはいかない。1957年当時、「ミッレミリア」に出場していたフェラーリ 315S、同 335S、マセラティ 450S。他にも、アルファロメオ ジュリエッタSV、ポルシェ356カレラGS、同 550スパイダー、オスカ MT4など、現存する実車たちからCGスキャンして作成している。
各車を保持しているオーナーたちからも映画のために貸し出しする旨の相談もあったという。なまじVFXなどで画面にクルマを描写されるよりも、実車が走ることで当時の空気感や実存感が出るのは当たり前のこと。そして、それぞれ独特のたたずまいを見せる各車たちの美しいこと。最近のどれもこれも同じようなデザインばかりのクルマにはない愛らしさ、セクシャリティには、ただただ見惚れてしまうのではないだろうか。
映画は、エンツォ・フェラーリの人生の、ほんの1年あまりを描いていく。だが、その短い期間の中だけでも、彼の人生を想像することができる構成になっている。それが映画のマジックでもある。我々は1988年に彼が亡くなってから、35年の時を経て製作された本作を観ることで、フェラーリの本質の一端に少しだけでも触れることができるのかもしれない。(文:永田よしのり)
映画『フェラーリ」
●2024年7月5日公開/132分
●監督:マイケル・マン
●出演:アダム・ドライバー、ペネロペ・クルス、シャイリーン・ウッドリー、パトリック・デンプシー、ほか
●配給:キノフィルムズ
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