2010年10月、ロサンゼルスモーターショーでポルシェケイマンRが世界初公開された。それまでポルシェの綿密な戦略の下で、けしてケイマンは911を超えることはなかったが、この「ハードコアなケイマン」の登場によって、そんな図式にも変化が感じられた。当時ケイマンRの登場はどのように捉えられたのか。今回はスペイン領マヨルカ島で行われた国際試乗会の模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2011年5月号より)

911の立場を危うくする刺客をなぜ投入するのだろうか

2005年にケイマンSが誕生した時、搭載された3.4Lユニットが発した最高出力は295psだった。それは、かつて996型911カレラが搭載した同エンジンに比べるとマイナス5ps。そこでは、「911とボクスターの狭間」というポジションを狙って投入されたケイマンに、作為的に「911よりも見劣りするスペック」が与えられたに違いない。

だから、当初「ケイマンCS(クラブスポーツ)」と報じられた「ハードコアなケイマン」が開発されているというスクープ情報を耳にした時、正直「ホントかな」という印象は否めなかった。某国産メーカーのテストドライバーをして、「ニュルでテスト中のポルシェは、どう見ても911よりケイマンの方が速い」と述べる声も耳にするにつけ、そんな思いはより高まった。ポルシェは、911の立場を危うくする刺客を、わざわざ自らのファミリー内に送り込むだろうか? しかし、現実にそんな「ハードコアなケイマン」は、今、目前にある。となれば、その走りの実力とは一体どのようなものなのだろうか。

そんな思いを抱きつつ、標準品よりも12kg軽いというグラス&カーボンファイバー強化プラスチック製骨格のスポーツバケットシートへと身を委ねる。目前のメーターからはフードが廃され、ドアトリムからはストラップ式のドアオープナーが軽量化バージョンであることをアピール。ドアパネルも「911ターボからの贈り物」というアルミニウム製を採用。それでも、そんな減量の数字としての成果が同様手法を謳うボクスター スパイダーよりも少ないのは、向こうには「ソフトトップを簡易脱着式に変更する」というさらなる奥の手があったからだ。

画像: ケイマンSよりも20mm低い車高と軽量化により、重心高はケイマンSより22mm低くなっている。タイヤ&ホイールにはフロント235/35ZR19+8.5J×19インチ、リア265/35ZR19+10J×19インチサイズを装着する。

ケイマンSよりも20mm低い車高と軽量化により、重心高はケイマンSより22mm低くなっている。タイヤ&ホイールにはフロント235/35ZR19+8.5J×19インチ、リア265/35ZR19+10J×19インチサイズを装着する。

ハイライトは軽快かつ俊敏なハンドリング

スタートの際の出足の軽やかさは、率直なところボクスター スパイダーには及ばないと感じられた。実は、スペイン領マヨルカ島で乗った今回のモデルには、エアコンやナビゲーションシステムなどがオプション装着されていた。思えば、これまで乗った複数のボクスター スパイダーは、いずれもそれらを装備しないスパルタンな仕様。実際の軽量化効果は30〜35kg相当と想像すれば、今回のケイマンRにボクスター スパイダーからの印象差を抱くのは仕方がないだろう。

もっとも、だから加速に不満があると言うわけではない。ケイマンRは一級のスポーツカーとして、文句なしの加速力の持ち主だ。そもそも加速の実力は、シフト時の駆動力途絶が避けられないMT仕様でも、0→100km/hタイムが5秒フラットと911カレラにあとコンマ1秒と迫る。シフトロスがなくなる7速DCT(PDK)仕様では、そのデータはさらにコンマ1秒短縮。「カタパルト発進」を可能とするローンチコントロールの機能を含んだスポーツクロノ・パッケージをオプション装着すると、そのタイムはさらにコンマ2秒削られて、4.7秒という値になる。そんなケイマンRの走りのハイライトは、軽快かつ俊敏でまさに自由自在な操縦感覚を味える、そのハンドリングにあった。

そもそもミッドシップレイアウトの持ち主ゆえフロントセクションが軽く、駆動輪の上に荷重がしっかり掛かることでトラクション能力に長けているのがケイマンのフットワーク。いかにもポルシェのスポーツカーらしい高速時の信頼感や速度にかかわらないこの上ない楽しさを高いレベルで実現させたものだった。

ところが、ローダウン化と軽量化がもたらした22mmの重心高低下と、駆動側で22%、減速側で27%というロック率を謳うLSDの標準採用化などで、そんな美点にはさらに大きく磨きが掛けられた。今回のテストプログラムにはサーキット走行のセッションも用意されていたが、そんなシーンでは過度ではないパワフルさと自在なハンドリング感覚、サーキットスピードでも過剰に介入をしないスタビリティコントロールシステムなどの効果があいまって、恐怖心とは無縁の何とも楽しいひと時を味わわせてくれることになった。

ケイマンRと911カレラの走りの実力は、端的に言って「もはや完全に拮抗をしている」と言って良いと思う。少なくともアマチュアレベルの腕の人がサーキットを振り回して愉しむ限りでは「ケイマンの方が乗りやすく、楽しい」と感じられてもまったく不思議はないもの。

しかし、そんなこのモデルを今のタイミングでリリースしたという事実は、間もなくのフルチェンジが噂される次期911の「飛躍」の歩幅が、相当に大きいことも予感させる。それは、「ポルシェのシンボルは911」という開発陣の考え方に、今でも微塵の揺るぎもないからだ。(文:河村靖彦)

画像: フードが廃された3連メーターが軽量化バージョンであることをアピール。試乗車のエアコンやナビゲーションシステムはオプション。

フードが廃された3連メーターが軽量化バージョンであることをアピール。試乗車のエアコンやナビゲーションシステムはオプション。

ポルシェ ケイマンR 主要諸元

●全長×全幅×全高:4347×1801×1285mm
●ホイールベース:2415mm 
●車両重量:1295kg 
●エンジン:水平対向6DOHC
●排気量:3436cc
●最高出力:243kW(330ps)/7400rpm
●最大トルク:370Nm/4750rpm
●トランスミッション:6速MT [7速DCT]
●駆動方式:MR 
●0→100km/h加速:5.0 [4.9]秒
●最高速:282km/h [280 km/h]
※EU準拠

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