トヨタ 2000GT(TOYOTA 2000GT:1967〜1970)
日本の自動車史に燦然と輝く高性能スポーツカー、トヨタ 2000GTは日本を代表するスーパーカーといえるだろう。

スタイリングはトヨタの社内デザイナーが手掛けた。高いボディ剛性を得るため、Y字型のバックボーンフレームを内蔵している。
トヨタが本格的な高性能スポーツカーの開発を決めたのは、1963年5月に鈴鹿サーキットで開催された日本初の本格的な国際自動車レース、第1回 日本グランプリの直後であったと言われている。パブリカやコロナといったツーリングカー部門では優勝できたものの、スポーツカー部門には参戦できる車両すらなかった。また、この部門で優勝したジャガーやメルセデス・ベンツなどに「世界との差」を見せつけられた。
実際の開発に着手したのは、翌1964年。だが当時、トヨタはカローラ、センチュリー、コロナマークIIなどの新車販売の計画を進めており、スポーツカーを生産する余力はなかった。そこでエンジンのチューニングや試作・生産に関しては、ヤマハ発動機に委託することになった。
5ナンバー規格に収まるサイズは、現代のクルマから見るとかなり小さい。だが、1960年代のスポーツカーらしい、ロングノーズでファストバックのスタイルは流麗な曲線で構成され、その美しさは今もなお評価が高い。ヘッドランプは、日本車としては初めてリトラクタブル式を採用した。

前期型のメーターパネルはローズウッド。コストを度外視した最高級のコクピット。ストップウオッチも備わっていた。
インテリアも、楽器メーカーをルーツとするヤマハらしく本物のローズウッドを用いたインパネ、そこに埋め込まれた多眼式のメーターなど、高級スポーツカーと呼ぶにふさわしいクオリティだった。搭載エンジンは、クラウン用のM型 2Lの直6 SOHCをベースにDOHCヘッドを架装した3M型。燃料供給装置はソレックス製キャブレターを3基装着して、最高出力150ps/最大トルク18.0kgmを発生した。サスペンションは前後ともダブルウイッシュボーンという、当時としては凝った方式を採用。また、ブレーキは国産車で初めて4輪ディスクを採用した。
トヨタ 2000GTは1967年5月に発売されたが、発売前の1966年5月に富士スピードウェイで開催された第3回 日本グランプリに参戦。純レーシングカーのプリンス R380に次いで、予選2位、決勝では3位に入賞した。さらに同年10月には高速耐久スピード トライアルに挑戦し、78時間連続走行で3つの世界新記録と13のクラス別国際新記録を樹立した。発表当時の価格は238万円という高額なものだった。
1969年にはマイナーチェンジされ、細部が変更されて3速ATも設定された。また、米国輸出を検討して2.3L SOHCを搭載したモデルが数台試作されている。トヨタ 2000GTはコスト度外視で製作されたため赤字生産が続き、生産累計は337台で終わっている。しかしそれを補って余りあるトヨタの技術を世界に知らしめるという役割は大きかった。

クラウン用のM型をヤマハがチューンし、DOHCヘッドを搭載した。1気筒あたり2バルブとはいえ魅力的なパワーユニットだ。
トヨタ 2000GT 主要諸元
●全長×全幅×全高:4175×1600×1160mm
●ホイールベース:2330mm
●車両重量:1120kg
●エンジン種類:直6 DOHC
●総排気量:1988cc
●最高出力:150ps/6000rpm
●最大トルク:18.0kgm/5000rpm
●燃料・タンク容量:有鉛ハイオク・60L
●トランスミッション:5速MT
●駆動方式:FR
●タイヤサイズ:165HR15