勝てるチームになるための5年計画。その第一歩を踏み出した
Formula 1(以下、F1)の新たなシーズンが幕を開けた。第1戦はオーストラリアGP。そのフリープラクティス初日に、アウディ・ジャパンはメディア向けのイベント「Audi Japan F1 Project Media Lunch&Talk」を開催した。

アウディ・ジャパンはアウディのF1初参戦の概要と、日本国内でのマーケティングをメディア向けに発表。チャレンジャーとして、アウディ全体の革新につなげていくという決意を明らかにした。右から2番目がブランドディレクター マティアス・シェーパース氏。
冒頭、同社のブランドディレクターであるマティアス・シェーパース氏は、2030年を目標にAudi Revolut F1 Team(アウディ レボリュートF1チーム/以下、アウディ・レボリュート)がタイトル獲得を目指すロードマップ「Mission 2030」を紹介。5年計画での「勝てるチーム体制の確立」に挑むことを明らかにした。
確かに「なかなかにハードルが高そう」な挑戦だけれど、困難だからこそアウディ モータースポーツの「集中力と瞬発力」という強みが、大いに発揮されるような気がする。
そもそも「Audi」としてのモータースポーツ参戦キャリアは、100年以上前に始まった。1912年にはブランドの創業者、アウグスト・ホルヒが自らハンドルを握ってオーストリア・アルペンラリーに参戦して優勝。同ラリーで3連覇を達成したホルヒはこのラリーで実に3連覇を達成し、「アルペン・ジーガー(アルプスの覇者)」の名声を得た。
ヴァンダラーなどと合併して生まれた「アウトウニオン」時代にも、現代のフォーミュラカーの系譜に連なるレース専用マシン「シルバーアロー」が、さまざまな伝説を作り上げた。
なんといってもイメージ的に「高性能な市販車」につながるのが、WRCに代表されるラリーシーンでの活躍だろう。「quattro(クワトロ)」という独自開発の斬新なテクノロジーを武器に勝利を重ね、「Audi」を技術的にもブランド力的にも成長させてきた。DTMに始まるツーリングカーレースへの挑戦でも、その持ち味が武器になっていたことは言うまでもない。

アウトウニオンのレーシングカー「タイプD」(写真はレプリカの可能性あり)。1938~1939年にかけてグランプリレースに参加、20を超えるレースで優勝している。写真は、2026年のアウディ・トラディション体験ツアーでのワンシーン。

1984年に、WRCで2度目のマニュファクチャラーズチャンピオンを獲得した、アウディ・クワトロ・ラリー(スポーツクワトロS1)。2度のドイツラリーチャンピオン、ハラルド・デムートがオーストリアのツェル・アム・ゼーで開催されるファットアイスレース(2026年1月31日)でデモンストレーションした時のもの。



