ハンドル操作に集中できれば、ラップタイムの向上も可能である
トヨタが先行開発する「スポーツCVT」が、全日本ラリーという超本気のコンペティションの場で速さを見せつけている。これを搭載したマシンが2017年シーズンに全日本ラリーへ初参戦し、いきなりシリーズ2位を獲得。翌2018年シーズンにもシリーズ2位に。3シーズン目となる2019年シーズンは3チームにスポーツCVTを供給して、シリーズ途中の現在、搭載車がクラス優勝を続けるという状況だ。
「最高出力を発生するエンジン回転数をキープするのが特徴です」と説明するのは、このスポーツCVTの開発者であり、トヨタの東富士研究所でパワートレーン開発をする高原秀明氏だ。
一般的なCVTは、アクセルペダルを踏むと変速比を最適に調整しながら速度を上げてゆく。最近は、フィーリングを良くする狙いで、アクセルペダルの踏み方にあわせてエンジン回転数を上昇させるように制御するモデルもある。
しかし、スポーツCVTは違う。最初から最後まで、最高出力を発生するエンジン回転数をキープするのだ。だから街乗りや高速道路の巡行には向いていない。ラリーというコンペティションの場で、常に最高出力を求められるから許される制御と言えるだろう。
実際にハンドルを握ってみれば、相当にギクシャクする。アクセルペダルを踏めば力強く加速して、足を離せば全力でエンジンブレーキがかかる。微妙な加減速が苦手なのだ。しかし、左足ブレーキを併用して速度を調整することができれば、相当に高いパフォーマンスを実現できる。だからこそ、スポーツCVTは結果を出してきたのだろう。
では、なぜ、わざわざラリーの現場にスポーツCVTを持ち込んだのか?
「4年ほど前に、とある雑誌で“CVTは走りのフィーリングがよくない”というような記事が出ました。確かに、これまでのCVTは燃費最適を狙っていたので、そういう走りになっていました。でも、CVTは制御しだいで、ステップATライクにもDCTライクにもできる。そして、走りに振れば速さの追求もできるわけです」と高原氏。
狙いは“CVTは走りのフィーリングがよくない”というイメージの払拭であったのだ。ちなみにスポーツCVTを搭載するラリーカーのヴィッツには、もともとパドルシフトがついていた。しかし、“手動で変速するならマニュアルトランスミッション(MT)を使えば良い。CVTなのだから、あくまでDレンジで走る”という考えのもと、パドルシフトを外してしまったという。
これにより、スポーツCVTに“常に両手でハンドル操作ができる”というメリットが生まれた。変速に気を取られることはなく、当然変速ミスもない。ハンドル操作に集中することができるのだ。「モータースポーツの敷居がさがり、裾野も広がるといいなと考えています」と高原氏。
ちなみにスポーツCVTは、LSDとCVT用オイルクーラーを追加されたくらいで、意外なことにハードウェアはほぼノーマルだ。では、なにが違うのかと言ったらCVTの変速制御であり、通常のプログラムにスポーツ走行用モードを追加しているのである。
このスポーツ走行用モードのプログラミングに苦労したのだという。「新車開発で公道をさんざん走っていましたが、ラリーは未知の領域でした」と高原氏。
確かにラリーは、普通の道を走るのとはまったく違う。そもそもグラベルでは、タイヤが盛大に空転するし、ジャンプすることも多々ある。一方でターマックでの走行もある。飛んだり跳ねたりするクルマの速度を正確に測り、それに最適な変速比に制御する。しかも、アクセル操作に遅れてはいけないし、早すぎてもフィーリングがおかしくなる。
そこで重要になるのがクルマの速度を導き出すセンサーだ。しかし、スポーツCVTには追加のセンサーはない。あくまでもノーマルのヴィッツにあるセンサー、つまり車輪の回転速度をメインに利用している。これは量産化を見据えたときに、コストアップを避ける目的があるという。
「まだ今は車輪速でできることの限界に達していないと思っています。バラバラに動く4輪を見て、車速を推測するロジックを見直せば、もう少しうまくできるのではないかなと思っています」とも言う。
ちなみに実用化する上で怖いのは、CVTの破損だ。ジャンプからの着地や路面の変化など、車輪の回転速度に急激な変化が生じたとき、ベルトが滑ってダメージを受ける可能性がある。これを防止するため、プーリーにしっかりと油圧をかけてベルトを挟みこむのだ。
しかし、この圧力(油圧)の源はエンジンパワーであり、使い続ければ大きなパワーロスにつながる。そこで状況に応じて圧力を変化させるのだが、その最適なバランスが速さと信頼性の両立になる。そして、そのバランスを見つけ出すことが、開発における重要なファクターのひとつにもなっているのだ。
スポーツCVTは、すでに3シーズンを戦って速さを証明した。供給チームも3つに増え、信頼性という意味でも熟成が進んでいる。市販車にスポーツCVTモードが追加される日は、それほど遠くないのかもしれない。(文:鈴木ケンイチ/写真:高橋 学)