2005年、5代目ゴルフGTIは熱狂的な歓迎を受けて日本に上陸した。すでに欧州で高い評価を受けてはいたが、はたしてその魅力は日本の道でも発揮することができたのか。GTI好きの石川芳雄氏がゴルフGTIのDSG仕様と6MT仕様に2日間じっくりと乗り込んで検証している。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2005年7月号より)
恋い焦がれながら手に入れることのできなかった2代目GTI
まことに私的な書き出しだけれど、ゴルフGTIにはほろ苦い想い出がある。1980年代に本気で恋い焦がれたものの成就せず、片想いに終ってしまったのだ。
僕がGTIの存在を初めて意識したのは、確か1970年代の終わり。ついに正規導入されなかった初代モデルを、東京は環八の中古車店で見つけたときからだった。もともと尖ったカタチのクーペ系よりも、箱で速いのがシブいと感じるひねこびたガキだった僕に、アウトバーンでポルシェを追い回すGTI神話は強いインパクトと共に刷り込まれていた。そして、こうして固まったGTIへの想いは、1985年に2代目の正規導入が始まったあたりで、にわかに現実味を帯びてくることになる。
20代も後半に差しかかり、多少はクルマにお金を掛けられるようになっていた僕は「ここらで名車と呼ばれるゴルフに乗ってみるか」と考えた。しかし300万円台も後半のGTIはさすがに無理。そこで新車/中古車の両面からゴルフⅡの購入作戦を練っていたところ、またもや環八(のヤナセ)で出会ってしまったんですね、8バルブの初期型ゴルフⅡのGTIに。遅れて登場した16バルブに乗り換えたユーザーが下取りに出したのであろうその物件は、まだ2年落ちでコンディション抜群。価格も確か300万円を軽く出た程度だったと記憶している。
無理か、行っちゃうか、二晩逡巡した。そして意を決して頭金とハンコを持って再び訪れたとき、そのGTIはプライスカードを外され、奥のサービスピットに移って納車整備を受けていた。タッチの差で他人の元への嫁入りが決まってしまったという顛末。
そこから先の僕は少し荒れた。こうなりゃ新車の16バルブを買ってリベンジとまで考えた。しかしさすがにそこまでは踏みきれず、結局CiのMT新車にソフトランディング。そんなわけで、Ciはとても良いクルマだったのだけど「GTIだったらここでスコーンと来るんだろうなあ」と、いつもどこかに複雑な想いを持っていた。
こうして、憧れとトラウマを同時に抱え込んだ僕は、その後もGTIの動向に注目し続けた。ところがゴルフⅡ以降のGTIは、標準モデルの性能向上が著しいこともあってどんどん神通力を薄めて行く。3世代目はVR6の登場で、もはやシリーズ最強とは言えなくなったし、先代のゴルフⅣでATが設定されたり、同じ4気筒ターボを搭載しながら価格が上回るGTXまでが登場するに至って、シリーズの「ちょいスポーティモデル」といった存在になり下がってしまったのだ。
まあ、そもそも初代GTIにしても、標準エンジンの圧縮比を高めてインジェクションを組み合わせパワーを2割ほど上げ、足もちょっと硬くした、言わばライトチューンだったわけで、今考えると、当時の「有り難がられ方」はちょっと常軌を逸していたと思う。でも、それもひっくるめた上での神話なのだ、ゴルフGTIの場合は。
ポールリカールで感動したGTIの足回りの仕上がり
そして、5代目GTI。フォルクスワーゲンはこのクルマで再び神話を復活させようとしている。そのことは南仏のポールリカール・サーキットで開催された国際試乗会でイヤというほど感じさせられた。
コントロールタワーは巨大なGTIの垂れ幕で覆われ、中に入ると「GTI is back」のサインがそこここに。試乗車には豊富に用意された新型に混ざって、初代モデルまでが2台控えていた。これだけを見ても、狙いがGTIブランドの再訴求にあるのは明らかだと言えるだろう。
自らの歴史をセルフカバーするという売り方は、ニュービートルなどの実例を挙げるまでもなく数多くある。しかしそれらはいずれも、現代に送り出すと風変わりに映る「キャラもの」になるから成立することで、GTIのような「神話」とか「走り」といった本気モードの場合はどうなんだろ。そういう心配がまずあった。それに何より「神話」にどっぷりと冒された僕にとって「中途半端なもんだったら許さないからね」という想いがあったのも告白しておく。
マーケティング主導も良いけれど、せめてGTIだけは孤高の存在として取っておいて欲しい。標準グレードのゴルフⅤの仕上がりが想像以上に良かったため、これをベースに今さらGTIを再訴求しても、初代のインパクトを超えることは無理だろうと、乗る前の僕は考えていたのだ。
しかし、南仏のトリッキーなワインディグとポールリカールで試したゴルフVのGTIは、そんな心配を百万光年の彼方に吹き飛ばすほど魅力的なクルマに仕上がっていた。
まず感動したのが足回りだ。標準モデルのゴルフⅤも、特にGLiあたりはスタビリティと乗り心地を両立させた素晴らしい出来映えと感じていたが、GTIの足はそうした味わいをベースに、数倍シャープさを際立たせていたのである。
重すぎず、それでいて剛性感がとても高いステアリングを切り込むと、ノーズは正確かつ俊敏に反応する。一方、リアタイヤの接地性も抜群で、ポールリカールの高速コーナーで周回を重ねる毎に速度を上げて行っても、アクセルを踏み続けている限りはビクともしないのに驚かされた。
僕なりにいっぱいいっぱいのコーナリング中にアクセルから軽く力を抜くと、ノーズがスッとインに入るタックインは出るのだけれど、それはあくまで姿勢制御に使えるほど安心感に裏打ちされた挙動であって、ラインを乱すようなものではない。このようにGTIの走りは、俊敏性と安定感を非常に高いレベルでバランスさせているのだ。
もうひとつ驚いたのは乗り心地の良さだ。南仏には本国でオプション設定される225/40ZR18のミシュラン・パイロットスポーツを履く仕様も用意されていたが、これでも突起に乗り上げた瞬間のアタックがちょっと強い程度で、平素にゴツゴツした硬さを感じることはほとんどなかった。
ただし、それは普段あまり縁のない南仏の道で得た印象だし、僕自身、期待値以上の仕上がりを見せたGTIを前に平常心を失っていた。だから、その辺が日本の道でどうなのか、実はちょっと心配していたところもあった。
GTIの乗り心地の良さは日本の道でも再確認する
箱根で乗った日本仕様のGTIは、225/45R17のコンチネンタル・コンチスポーツコンタクト2を履いていたが、こちらの路面への当たりはさらにマイルドで、その点では南仏で試した17インチ(ちなみに銘柄はBSのポテンザRE030)と印象は変わらない。
サスペンションは硬すぎず、しかしソフト過ぎることもない絶妙の味付け。新型BMW3シリーズもそうだったが、「スポーティなモデルは乗り心地が硬い」というのは、もう過去の話になりつつあると実感させられる。ストロークはたっぷりとしており、ダンピングも強力で、GTIの足回りは路面をねっとりと包み込むような独特のグリップを味わわせてくれる。
ブレーキングでノーズが沈み込む瞬間や、ロールの始まる初期に少しだけフワついた挙動が出るのが惜しいところではあるが、それと引き換えに、あの乗り心地とハンドリングの両立が達成されているのだとしたら、僕は迷わずGTIの味付けを支持したい。
そうそう、ブレーキも強力だ。長めのペダルストロークの中でググッと締め込むような微妙なコントロールができる。フロント312mm、リア286mmと大型化されたディスクに、赤く塗られたキャリパーの組み合わせはダテじゃなく、ポールリカールのハードな走行でも最後まで音を上げなかった。
ところで、日本市場には、このGTIの導入に先駆けて豪華仕様のGTXの上陸があった。これは、Cセグメントにおいても装備が充実し、内外装の仕立ても贅沢なプレミアムモデルが受ける日本市場のために企画されたモデルで、エンジンはGTIと同じ200psのT-FSIを搭載している。
ポールリカールで「GTI is back」のイニシエーションを受けた僕としては「どうしてGTIの前にこんなモデルを入れるんだろう、登場感が薄まってしまうのに」と疑問を感じていた。しかし両車を乗り較べてみると、その差は明らかだ。
決定的に異なるのは足回り。乗り心地だけを較べてもGTIよりGTXの方が確実に硬く、突き上げも強い。スポーティなGTIがソフトで、豪華仕様のGTXが硬い。一見すると逆転現象が起きているように感じられてしまうが、GTIの凄いところは、乗り心地はマイルドながら運動性能を格段に高いレベルに置いていることだ。コーナーで追い込んで行ったときの粘り腰、タイヤをゆったりとストロークさせながら常に4輪のグリップが明快な接地感など、すべての点でGTIの足回りは優れている。
GTXにしろGTIにしろ、ローダウン系の足回りはGTをベースにしているそうだが、そのGT系にも同じ硬さが見て取れる。もちろん、フロントがマクファーソンストラット、リアが4リンクといった基本構成はすべてのゴルフVで共通だが、ローダウン系の中ではGTIの仕上がりが他を完全に超越してしまった感じ。おそらくスプリングやブッシュ類のチューニングを綿密に行なった上で、非常に精度の高いダンパーを使っているのだと思う。
これ以外で僕が個人的に魅力を感じているのは、GLiやEといった標準モデルの足だ。こちらは切れ味が薄いがゴルフらしいマイルドで安心感のある走りを味わわせる。
ローダウンサスがもたらすルックスの精悍さから、現在のフォルクスワーゲンはGT系の足回りを積極展開しているのだと思うが、GT系よりもさらに5mm低いGTIの仕上がりがあまりに素晴らしいがゆえに、GT/GTXがちょっと中途半端になった感じは否めない。
T-FSIとDSGがもたらす新次元のスポーティドライブ
さて、今度のゴルフGTIのもうひとつの魅力はパワートレーンにある。前述したようにGTXで初お目見えとなったT-FSIエンジンは、すでにアウディA3/A4にも搭載されているので新鮮味はあまりないが、GTIというパッケージに使われることで、その魅力を再確認することとなった。
このエンジンの持ち味はターボらしからぬ柔軟性にある。スペック上では1800〜5000rpmで最大トルクの28.6kgmを発生するとあるが、実際には2000rpm以下で過給の立ち上がりを待つわずかなラグがある。しかし、その領域を過ぎてしまうと厚みのあるフラットなトルクが訪れ、しかもそれが高回転域まで絶えない。レブリミット手前の6000rpmまで直線的に伸びるところが気持ち良いし、アクセルレスポンスも十分に鋭い。
ターボというと、僕などはどうしても特定の回転域からモリモリっとトルクが湧き出して来る様を想像してしまうが、T-FSIエンジンは2Lというキャパシティからは想像できないほどトルクフルな点にターボらしさを感じるものの、回転フィールやレスポンスの鋭さでは、高度にチューンされた自然吸気のスポーツユニットのような切れ味を味わわせてくれるのである。
そして、こうした単体でも味わい深いエンジンに組み合わされるトランスミッションが、ご存知のDSGだ。1/3/5速と2/4/6速を受け持つ2つのクラッチを有し、それを交互に切り替えて使うことにより、シングルクラッチのAMTでは消せなかったシフトアップ時の駆動力途切れをなくす。これこそがDSGの魅力。クラッチを切って、シフトフォークがギアを動かし、再びクラッチを繋ぐといった一連の操作がなくなり、次のギアは別のクラッチによって待機しているわけだから、その切り替えは電光石火。バイクに乗った経験がある人ならわかると思うが、常時噛合い式のミッションの素早くシームレスな変速がクルマでも味わえるのである。
変速モードは自動シフトを行なうDモードと、より積極的なシフトとするSモードに加え、Dから左にシフトレバーを動かし、前後のティップ操作(前でアップ、手前に引いてダウン)で行なうマニュアルシフトも可能。ちなみに、マニュアルとSモードでは、シフトダウン時にエンジンをブリッピングし回転を合わせることもDSGはやってのける。Sモードでは変速も機械任せとなるが、ブレーキングで速度を殺すと次の加速に備えてやや低めのギアを積極的に選び、ダウンシフトで「フォン」と空吹かしを入れる。これが何ともお気軽で、しかもスムーズかつ速い。DSGはその機構が持つレスポンスと滑らかさに加え、制御方法もかなり洗練されているのだ。
ところで、南仏で乗ったGTIにはオプション設定のステアリングパドルが装着されていた。当然日本にもと期待していたのだが、本国でのDSG人気が高いためにパドルの生産が追いつかず、日本への導入は秋以降になるとのこと。
ちなみに、ステアリングをパドル付きに交換すれば後からでもパドル操作は可能となるようだが、かなりの出費となる様子。したがってパドル派はしばし待った方が得策だ。
今回は都内の渋滞から箱根のワインディングロードまでじっくりとDSGを試せたため、新たな発見もあった。エンジンの項目で説明したように、2.0T-FSIにはわずかながら低回転域でのパワーの立ち上がりに待ちがある。したがって静止からのスタートの時にアクセルを全開にしたり、あるいは踏みかえたりしたような場面、DSGがクラッチを繋いだ直後にエンジンからドンとトルクが放出されると、ホイールスピンを誘発する荒いスタートになることがあった。アクセル操作を多少ジェントルに行なうように心掛ければ問題はないが、これはT-FSI+DSGの固有の現象だと思う。
それ以外の使い勝手はまったくイージー。ATと何ら違いはない。クリーピングにかわる半クラッチ制御を行なうので、アイドリング領域での微妙な速度調節も十分に可能。坂道発進のような場面では、傾斜が急だとATのクリーピングほど強力なブレーキ効果は得られないが、これも大きな問題ではない。したがって、1台のクルマを家族でシェアして使わなければいけない状態で、しかもその中にイージードライブ派とスポーツドライブ派が混在するような状況の場合は、DSGは理想的な折衷案になると思う。
実際、我が家がそうなのだ。僕はいまだにMTを操る心地よさを忘れていないが、教習所卒業以来遠ざかっている妻はもう忘却の彼方だし、よしんば覚えていたとしても面倒臭がって絶対に拒絶するに違いない。
ATのティップシフトでは今いちダイレクト感に欠けるし、シングルクラッチのAMTではトルクの途切れが気になる。そう思っていたスポーツドライビング派のお父さんにとって、DSGの存在は福音だ。しかもシフトレスポンスが良いことからサーキットでのラップタイムはMTよりも速いというのも心くすぐられる逸話である。
ゴルフⅤのラインナップの中でもGTIの値ごろ感は大きい
と、ここまでDSGを持ち上げておいて何だが、もし僕が新型GTIを自分専用として買うのなら、たぶん選ぶのは6速MTだ。何故ならMTも極めて仕立てが良いのである。
適度なストロークで、ゲートにスルッと吸い込まれるが如きシフトフィールは最高に気持ちいい。ポルシェなど心地よいMTはいくつも経験しているが、ゴルフの6速MTもまたそれに負けず劣らずの味わいである。クラッチも軽く歯切れ良いし、ギアリングも的確で(何故かDSGとは微妙に違う)、T-FSIのパフォーマンスを心ゆくまで味わうことができた。
DSGも本当に良くできたメカニズムでスポーツ性は高いが、あまりにレスポンスが良く、しかもスムーズなので、ティップシフトを楽しんでいる時はテレビゲームのようなバーチャル感覚に陥ってしまう。そこへ行くと、やはりクラッチ制御がドライバーの手に委ねられているMTは走りのダイレクト感が違う。アナクロと言われようがこの気持ち良さには抗しきれない。MTはDSGに輪をかけて楽しいのだ。
冒頭で触れたように、僕はGTIに特別な思い入れを持っている。そして、そういう人間をも納得させるだけの内容を、新型GTIは備えていた。これは断言していい。フロントマスクはバンパーのインレットとグリル部分がつながった特別な顔立ちとなったし、インテリアは代を重ねる毎に豪華になったゴルフを下敷きに、アルミなどの金属トリムを多用した非常にクールな仕上げ。そこには初代から2代目GTIにあった「羊の皮を被った狼」的な奥ゆかしさはない。見たまんま狼。それでいて、ファブリックの標準シート(今回の試乗車は2台とも本革仕様だった、残念!)に初代のチェック柄を復活させているあたり、いかにもで「あざとさ」すら感じてしまうのだが、そんなこともひっくるめて、すべて許してしまえるほど新型GTIの走りは魅力的だった。
このクルマからは、クルマ好き、走り好きな開発陣のオーラが感じられるのだ。そしてそこが僕の中で、初期のGTIの存在感と完全に重なるのである。ほぼ20年の時空を飛び越して、新型GTIの購入シミュレーションをやっている自分が可笑しかった。
ちなみに、6月4日の発売開始に先駆けて発表された価格は、6速MTが325万5000円で、DSGが336万円。これは超絶的な安さだと思う。だって、20年前に買う直前まで行ったゴルフⅡGTIは、新車だと369万円もしたのだから。
昔の話はともかく、現状のゴルフⅤのラインナップの中でも、割安感は依然として大きい。先に発売された同じT-FSIエンジンを積むGTXは367万5000円。これはDSG専用で、レザーシートとMMS(マルチメディアステーション=ナビ)が標準装備されている。
GTIにオプションを組み合わせてこれらのアイテムを揃えることももちろん可能で、そうした時の価格はGTXより少し高くなるだろうが、これだけはGTIしか持ちえないFFスポーツ中ベストと言える足回りを考えれば、価値は十分にある。
さらに、他メーカーの動静も見ると、同じく2Lターボのメガーヌ・ルノースポールは378万円もする。FFスポーツでGTIより安いのは、自然吸気で180psのシトロエンC4クーペの39万円、オペルアストラのターボスポーツ(6速MTで315万円)くらいのもので、ここでもGTIの値ごろ感が際立ってくる。
行ってしまおうか、GTI。僕の心は揺れている。でも、購入を決意したらたぶん選ぶのはDSG。理由は妻とクルマをシェアするからだ。ま、もう少し冷静になって考えてみます。とりあえずパドルシフトが到着する秋までは、じっくりと。(文:石川芳雄/Motor Magazine 2005年7月号より)
フォルクスワーゲン ゴルフGTI DSG仕様(2005年)主要諸元
●全長×全幅×全高:4225×1760×1460mm
●ホイールベース:2575mm
●車両重量:1460kg
●エンジン:直4DOHCターボ
●排気量:1984cc
●最高出力:200ps/5100-6000rpm
●最大トルク:280Nm/1800-5000rpm
●トランスミッション:6速DCT(DSG)
●駆動方式:FF
●車両価格:336万円(2005年当時)
※6速MT仕様は車両価格325万5000円、車両重量1440kg。