すべては基本から始まる。面白さはその上に存在する
今回の主役は「ゴルフGTIパドルシフト付き」である。ゴルフVのGTIには、デビューした当初から6速MTと6速DSGが用意されていた。だが、日本導入当初(20005年6月)のDSG仕様には、まだパドルシフト装備車は準備されていなかった。
そして、2005年9月27日、パドルシフト付きの仕様がヒルホルダー機能とセットで標準設定になり、パドルシフトなしの仕様はレスオプションという設定へと変更が加えられた。
DSG(ダイレクトシフトギアボックス)は2ペダルだが、トルクコンバーターを使わずにツインクラッチ機構によってシフト時間を最短とし、ダイレクトで途切れのないシフトアップ/ダウンができるのが特徴だ。長年にわたった研究の成果がやっと実ったもので、これはフォルクスワーゲングループの宝といってもいいものである。
最新のゴルフGTIに乗り、まず感じたのはシートの良さだった。背中を起こし気味にしたアップライトなドライビングポジションは、まさにGTIの遺伝子を感じさせる。骨盤が自然に起きて背中が気持ちよく伸びるシートはなかなかないが、ゴルフGTIのシートは特上の出来である。実はこれは、シートの良さだけでは実現できないことでもある。これだけアップライトに座るためには、縦方向の絶対的な高さが必要になるからだ。
その点、ゴルフVのパッケージには室内の高さが十分にあるので、胴が長いボクでもヘッドクリアランスは十分である。セミバケット形状になっていて横方向のホールド性も良いのだが、そもそも身体全体が正確に支えられているところが素晴らしい。
シートフレームの剛性が高い感触は、走り出す前からわかる。シートが乗員の身体を押してホールドするのではなく、しっかりしたフレームの中に身体を預ける感じだ。
ドライビングを楽しもうと思ったら、まずドライビングポジションが大事だ。フォームがしっかりできていない状態では、どんなスポーツだってうまくできないのと同じだ。その点でゴルフGTIのシートは走り始めてすぐに、クルマとの一体感が感じられる。
一方、アウディA3スポーツバックのシートは、ゴルフGTIとは系統が違うが、こちらも悪くない。横方向の押さえはあまり強くないので、その分、大きなシートに感じる。ゴルフGTIよりシートクッション中央部は硬めで、クッション全体の剛性を上げて身体を支えている感じだ。
さて、今回の注目は「パドルシフト」だ。世の中には、パドルシフトの良さを認めず、やはりシフトは腕を伸ばしてシフトレバーをガツガツやった方がクルマらしいと考えている人もいる。しかし、いろいろな場面でクルマを操っていくと、パドルシフトはおもしろいとボクは思う。
ただおもしろいというだけでなく、ありがたみ、便利さも感じる。安全性の面でも、メリットがあるだろう。まず、その早さがいい。これは、パドルシフトを操作してからギアがチェンジされるまでの時間ではなく、運転中にシフトしようと判断してからシフト操作するまでの時間だ。
ステアリングホイールの裏側、正確にはステアリングスポークの裏側にあるスイッチを引く(スイッチそのものは指で押すともいえる)ことによってシフトできる。直進のときに3時の位置(の裏側)がシフトアップ、9時の位置(の裏側)はシフトダウンである。
ゴルフGTIのパドルシフトのスイッチは、予想していたものより小さかった。しかも少し奥まった所にあって、手の小さい人だと、通常のグリップ状態から少し指を伸ばしてやらないと操作ができないかもしれない。ボクは手が大きいので自然にできたが、それでも人差し指1本だけでは難しい。カチッとクリック感があるところまで操作するにはちょっと重さもあるから、中指を中心として人指し指か薬指を加えた2本の指で押していた。
アウディは、このモデルに限らずトルコンATにもパドルシフトを装備してきた実績がある。当然、A3スポーツバックのDSGにもパドルシフトが標準装備として付く。その形状もクリック感もゴルフGTIのものとは別で、ちゃんとブランドごとの味付けの違いが演出されている。
A3スポーツバックのパドルシフトは指で触った感触が平らで、クリックもストロークが短く軽く感じた。たとえば、3段飛ばしのシフトをしようと「カチカチカチッ」と連続で操作するにはA3スポーツバックの方がやりやすい。
いま求められるべきもの、それを明快に実現する技術
ところで、パドルシフトでよく話題になるテーマがある。パドルが「コラム固定」か「ステアリングホイール固定」かという議論だ。
ボクはパドルも一緒に動く「ステアリングホイール固定」がいいと思っている。確かに、どう回転していようとパドルシフトの位置が同じ場所にある方が間違えない、という意見もわからないわけではない。だが、実際に走りながら操作した経験では、ステアリングホイールと一体で動いてくれた方がやりやすかった。
それは操作の準備のためにパドルに指を掛けているときも、ステアリングホイールで微修正させながら走っているからだ。コラム固定だとパドルに掛けた指は微妙に浮かせてパドルの表面を滑らせなくてはならない。さらにパドル自体も周方向に大きくしなければならず、スマートさにも欠けてくる。
もうひとつの要素として、ステアリングホイール操作の方法が変わってきていることも、「ステアリングホイール固定」が良い理由のひとつになる。
現在では、直進のときに9時と3時の位置を持ったら、両手でそのまま切っていくというのが主流になっているからだ。右手は3時から左へ切っていくと、7時の位置までは切れるだろう。
同様に左手は、9時から右に回して5時までは切れる。この、手を持ち替えないワンアクションの操作で、走行中のほとんどのシーンがカバーできる。高速道路とそのランプウエイ、ワインディングロード、サーキット、市街地の大きな交差点などだ。もちろん車庫入れや細い路地に入るときなど、たくさん切るケースは別だが、そんなときにはパドルシフトを使う必要もない。1速か2速かの選択しかないケースだ。だから、パドルシフトは右手で持っている場所がいつもシフトアップで、左手で持っている場所がシフトダウンになる。
「ステアリングホイール固定のほうが、わかりやすくて簡単で使いやすい」という話の中で、ゴルフGTIカップレースに出場しているドライバーが「富士スピードウェイの登りのS字で右に大きくステアリングホイールを切りながらシフトアップする場所があって、そこでは右手がステアリングホイールから離れているからシフトアップできないよ」と言った。恐らく2速で立ち上がって3速にするときに、右手がパドルから離れてしまっているのだろう。
ここで市販車とレース専用のカップカーでは、パドルシフトのプログラムが異なることを考慮しなくてはならない。ゴルフGTIのカップカーは腕の差がでるように、マニュアルモードのときには自動シフトアップしないようになっているのだ。だから、サーキットを走る場合には、あるコーナーでは必要に応じてシフトレバーでシフトアップダウンすることがあってもいいと思う。
市販型のゴルフGTIは、マニュアルモード時でも、レッドゾーンに入って燃料カットが作動する前に自動的にシフトアップされる。6500rpmからがレッドゾーンなのだが、6700rpmでシフトアップしていく。
フォルクスワーゲン流のスポーツ観をじっくりと味わえる存在
ゴルフGTIのパドルシフトに乗ったときに、新しいパドルロジックを発見した。それはドライブモードで走行中にパドルシフトを使ってマニュアルモードとなったときに、パドル操作で強制的にドライブモード(Dレンジ)に戻すことができるというものだ。
右手のシフトアップ側のパドルを1秒以上連続して引くと、元に戻る。よく見ると、右のパドルには+のほかにOFFと書いてあった。
ドライブモードのときにスイッチシフトやパドルシフトをすることで、マニュアルモードに切り替わるクルマは以前はポルシェとアウディだけだったが、最近は少しずつ増えてきている。レガシィもその仲間だ。
これらのクルマは、いつの間にか自動的に元のドライブモードに戻っている。ゴルフGTIもそうなのだが、今回パドルシフトでマニュアルモードへ変わったときに、かなり長くそのマニュアルモードを保っているように感じられた。
自動的に戻る前にドライブモードへ戻したいと思ったときには、これまではシフトレバーを一度左右に動かす必要があった。しかしゴルフGTIのパドルシフトは、右パドルがその役目を果たす。ステアリングホイールから手を離さずに操作するパドルシフトのメリットを生かしたロジック。これはまだゴルフGTIのみの特徴である。
BMWのSMGの場合、ドライブモードのときにパドルシフトを操作してマニュアルモードになったら、シフトレバーをもう一度右に押さないとドライブモードには戻らない。この場合には右に押すたびにドライブモードとマニュアルモードを繰り返すから右に押すだけでいい。
パドルシフトはレーシングカーから来ているせいか、右側がシフトアップ、左側がシフトダウンというのが一般的になっているが、ユニバーサルデザインとして考えた場合、これはちょっと違う気がする。
ポルシェやレガシィはステアリングスポークの表にアップ/ダウンのスイッチがあり、左右どちらのスイッチでも押す方向によってアップ/ダウンが可能だ。BMW330i(E46型)のSMGは、MモデルのSMGとはパドルシフトの形式が異なり、左右どちらの手でもアップダウンができた。
パドルはステアリングホイールの裏側にあるが、スポークの上側から親指で押すことでシフトダウンができる。そしてパドルをステアリングホイールの裏側で引けばシフトアップだ。どちらの手でも可能なところがユニバーサルデザインだと思うし、スポーティ度でも劣るところはないと思う。
シフトと同様に、「スポーツ」を語る上でエンジン特性は重要な要素となる。ゴルフGTIとアウディA3のAXX型エンジンは、最高出力200ps/5100〜6000rpm、最大トルク280Nm/1800〜5000rpmとを誇る。昔風にいえばリッター100psのエンジンだ。
それでいながらこのエンジンは、280Nmという2.8L NAエンジン級の最大トルクを、何と1800rpmから発揮している。ターボエンジンながらもアクセルペダルに対するレスポンスはよく、もっさりしたり、遅れて加速が始まったりというじれったさとは無縁だ。
アクセルペダルを踏み始めたときからトルクがすぐに立ち上がるというのは、走行中で加速するときにも感じられるが、ゴルフGTIでは停止からの発進時にも感じられた。普通にアクセルペダルを踏み込むと、普通の加速をしていく。だがちょっと深くアクセルペダルを踏み込んで発進すると、タイヤがエンジントルクに負けてホイールスピンをする。
もちろん過度のホイールスピンはESPが抑えてくれるが、高速道路の料金所から発進するときなど、鉄板が敷いてある場所などではホイール&タイヤが前後に暴れてガツンガツンと音がする。これはロアアームの付け根部分から音を発しているようだったが、せっかくしっかりしたボディとサスペンションなのにちょっと興ざめの音であった。
ゴルフGTIとアウディA3スポーツバックのサスペンションの違いは大きい。ゴルフGTIはガチガチに固めてあるが、A3スポーツバックはまろやかだ。ロールをしないGTIに対して、A3はしなやかにロールする。ゴルフGTIからA3に乗り換えた直後は「ソフトだ」とさえ感じるが、ゴルフGTIを体験する前、たとえば朝イチでA3へ乗れば十分に締まったサスペンションだと思える。
エレガントさを持ち合わせたスポーツドライビングという点では、A3スポーツバック2.0TFSIだ。乗り心地とのバランスもとれている。しかし昔のホットハッチのイメージをうまく継承しているのは、やっぱりゴルフGTIだろう。安楽にさせないというところで、スポーツを感じさせている。
でも、それがしっかりしたボディによって、硬いにもかかわらず不快な乗り心地にはなっていないところはさすがフォルクスワーゲン。これぞ「VWスポーツ」なのだ。(文:こもだきよし/Motor Magazine 2005年12月号より)
フォルクスワーゲン ゴルフGTI(2005年)主要諸元
●全長×全幅×全高:4225×1760×1495mm
●ホイールベース:2575mm
●車両重量:1460kg
●エンジン:直4DOHCターボ
●排気量:1984cc
●最高出力:200ps/5100-6000rpm
●最大トルク:280Nm/1800-5000rpm
●トランスミッション:6速DCT(DSG)
●駆動方式:FF
●車両価格:341万2500円(2005年)
アウディA3スポーツバック2.0TFSI S-lineパッケージ(2005年)主要諸元
●全長×全幅×全高:4285×1765×1415mm
●ホイールベース:2575mm
●車両重量:1470kg
●エンジン:直4DOHCターボ
●排気量:1984cc
●最高出力:200ps/5100-6000rpm
●最大トルク:280Nm/1800-5000rpm
●トランスミッション:6速DCT(DSG)
●駆動方式:FF
●車両価格:429万円(2005年)