モーゼルマン メルセデス 340(1985年)
当時のメルセデス・ベンツのフラッグシップ サルーン、W126型 2代目Sクラスの500SEL。エグゼクティブ憧れのサルーンではあるが、東京の都心部では、場合によっては列を作って走っていたほど密度の高いモデルだ。
そこで、フツーのサルーンに飽き足らないオーナーたちは、撮影車のように前後の控えめなバンパースポイラーやサイドステップ、リアエンドにも小ぶりなリアスポイラーを装着し、ワイドなタイヤ&ホイールを履かせるなどのドレスアップを図る。トランクリッドに自動車電話用のブーメランアンテナを装着すれば、外観はほぼ完璧だ。
だがドレスアップだけで満足できない過激なオーナーは、さらにパワーユニットまでに手を入れて、ノーマルのメルセデスはおろかスポーツカーまでブチ抜いて走ることで独自性を秘かに楽しもうとする。
件のSクラスも、エンジンフードを開けるとVバンクの中央に見慣れぬ大きなエアチャンバーが備わり、導入管の先には見たこともない大径のブロアーが装着されている。そう、この500SELはスーパーチャージャーを装着していたのだ。
アメリカのカリフォルニアにあるチューナー、モーゼルマン社はパックストン社が製造した潜水艦の換気用コンプレッサーを用いたスーパーチャージャーを製作し、Sクラスに装着した。クランク軸からの回転でコンプレッサーのブレードを回転させ、吸入気を圧縮してインジェクターにチャージすることで、ハイパワーを得るものだ。
ノーマルの500SELの5L V8は231psと40.5kgmを発生しているが、このスーパーチャージド Sクラスは「モーゼルマン メルセデス 340」と謳っていたように最高出力は340psに、そして最大トルクは50kgm以上を発生するという。
コクピット、というよりは運転席という言い方のほうがふさわしいシートに滑り込むと、目の前のステアリングこそ当時メルセデス・ベンツのドレスアップで有名だったベルギーのコーチビルダー「CARAT(キャラット)」製に換えられていたが、それ以外はほぼノーマル。もちろん、シートも極上のクロスを採用したSクラス純正そのままだった。
イグニッションをONにしてエンジンをかけても、アイドリングはノーマルのSクラスと変わらない、静粛で滑らかなメルセデスそのものだ。だが、アクセルペダルをガバッと踏んでゼロ発進を試みると、タイヤは白煙を上げ、路上にブラックマークを残して猛烈に加速する。
テストコースでの実測データで、0→400m加速は15.01秒、最高速度は244.07km/hを記録した。ちなみに、当時の最新スポーツカーであるポルシェ 928S(AT)の記録が、14.13秒と240.48km/hだったから、恐れ入る数値である。
最高速度域でもAMG製のフルエアロパーツのおかげで直進安定性はきわめて良く、スーパーチャージャーを装着していることを忘れるほどノイズも変わりなかった。ターボのように特性が急変することもなく、加速フィーリングは自然。ネオ・クラシカルチューンの効果は絶大だったと言えるだろう。